第122話 目撃
金曜日の夜。
明日の部活は午後からだから、ゆっくり起きられる――そう思いながらベッドに向かっていると、佳奈から着信がかかってきた。
「もしもし、佳奈……?」
「夜遅くにごめんね~。今大丈夫?」
「うん、だいじょうぶ」
「よかった~。あのさ、結衣って明日の部活前って時間空いてる?」
「うん、空いてるけど」
「駅前のショッピングモールに新しい雑貨屋さんができたらしいんだけど、ちょっと寄ってかない?」
「え、部活前なのに……?」
「部活前だからこそだよ。テンション上げてかないとやってられないって~はははっ」
「ん~どうしようかな……」
午前中はゆっくりしたかったけど、新しくできた雑貨屋さんとなると、それはそれでかなり気になってしまう。
数秒考えて答えを出す。
「――わたしも行きたい」
やっぱり、とっても気になる。部活前だとしても、気になったままではきっと部活にも集中できないだろうし、どんなかわいいものが置いてあるのかも楽しみになってきた。
「おっけ~。じゃあ十時半に改札前でいい?」
「うん、わかった」
「ありがと~。また明日!」
「おやすみ~」
わたしは携帯を机において布団をかぶる。眠たいはずなのに、なぜかテンションが上がって行く自分を感じる。
部活部活の連続で、最近になっても機械的に日常を過ごすことが当たり前になりつつあった。
だけど、こうしてたまに息抜きをすることで、また次の日からの原動力になる。
最近億劫に感じていた明日だったけど、ちょっとは楽しみに思えてきたかもしれない――。
そして翌日。
佳奈が楽し気に誘ってきたのに、わたしの方が楽しみに待っていたのかもしれない。昨日は眠りにつくのが遅くなって今朝は少し寝坊してしまったけど、なんとか約束の時間に間に合うことができた。
「結衣~お待たせ~」
「佳奈、おはよ~!」
「それにしても、集合時間十分前だというのに、結衣さんはもう着いていらしたとは。なかなかのやる気ですね。これから新しいお店に行くにあたっての意気込みをお教えください!」
「ちょっとなにそれ~。意気込みもなにも……かわいい雑貨をたくさん見つけられたらうれしいですっ!」
「そうですか。ありがとうござます~。それでは早速行きましょう!」
「お~!」
やはり休日の午前中ということもあってか、平日に比べると明らかに人の数が違う。
ターミナル駅のショッピングモールということも相まって、今ではメインストリートにはちょっとした人の流れができている。これでは真ん中で立ち止まるようなことはできそうにない。
わたしと佳奈はその流れに沿って歩いていく。
「――私が狙ってるのはヘアピンなんだよね。ほら、おしゃれなのもいいんだけど、今回はちょっとかわいい系をチョイスして見ようなと思って」
「へぇ~いいじゃんいいじゃん! 佳奈っていつもちょっと大人っぽい感じがあるから、なんかこう……ギャップっていうの? よくわからないけど……きっと似合うと思う!」
「なるほど、ギャップ萌えですか……。今までそういうのって考えてこなかったな……。そういう手もありだね~」
「でも、わたしから見たらそうでもないかもよ?」
「どうして……?」
「だって、佳奈って普段は明るくて元気な感じだけど、わたしの前だと結構かわいいところとか見せてくれるし」
「なっ、なんでよっ!」
佳奈が珍しく顔を赤くしてわたしに言い寄る。
「ほら、そういうところとか。かわいくてわたしは好きだよ」
「ひぃぇ……」
佳奈は参ったとばかりに両手を上げる。
「まったく……。結衣はたま~にどしっと来るときあるよね……」
「いつも佳奈がわたしをからかうのに比べたら、全然まだまだだと思うけどね~ふふふ」
「うわぁ、これは結衣の裏の顔なのか~?」
「も、もうっ! そんなことないって!」
「ははは~この調子ならまだ私に軍配が上がりそうでよかったよ~」
佳奈は上機嫌そうにエスカレーターをずんずんと進んで行く。
そして目的地の階まで登り、あとはまっすぐ歩くだけのところに来たところで、パステルカラーの装飾がわたしの視界に入ってきた。明らかにそれが新しいお店だとわかる。
わたしは楽しみが爆発しそうなのをこらえて、それでも早歩きで向かう――けど。すぐにわたしの歩く足がぴたりと止まってしまった。
「――結衣……どうしたの?」
後ろからついてきた佳奈が不思議そうにわたしを見る。
「あ、あれって……」
わたしはおそるおそる前方に指を向ける。
「どれどれ――って……あ」
佳奈でさえも言葉を失ってしまった。
なぜなら、わたしたちは――伊織とクラスメイトの佐々木里沙ちゃんが楽しそうにおしゃべりしながら、目的地である雑貨屋さんに二人並んで入っていくのが見えたからだった。
「か、佳奈……あれって伊織……だよね」
「う、うん。そうみたい……だね」
あれ、どうしたんだろう……。
さっきまですっごく楽しみだったはずなのに。伊織が里沙ちゃんといるところを見た瞬間、それが一瞬にして溶けてなくなってしまった。それどころか、動揺が止まらない。
どうして……どうして里奈ちゃんと伊織が一緒にいるの?
たしか二人は文化祭実行委員で一緒だったはず。
平日に学校で歩いているなら、「あぁ、実行委員の仕事なんだな」ってわかるんだけど……。
今は休日……だよね。実行委員って休日に集まってまで仕事があるの……?
でも、伊織は私服だったような……。
もしかして、わたしの知らないところで、二人は――。
そう考えただけで胃のあたりがきゅっと締まって、吐き気がしてくる。
「――結衣……顔色悪いから、少し休もう」
わたしは佳奈に連れられるがまま、お店とは反対方向に歩いた。それからしばらくはふわふわと足が地面に付いていないような感覚に陥ってしまった。
もちろんそんな状態で部活に何て集中できるはずもなく。練習中、いつもならしないミスを連発してしまっただろうか。それすらもよく覚えていない。
わたしの瞼の裏には、里沙ちゃんと話しているときの伊織の笑みが焼き付いて離れてくれなかった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます