第118話 出し物

 とある午後の授業時間。教室はいつもなら眠気に満ちた雰囲気で数人は机に突っ伏している時間であるが、今日のこの時間はちょっと違っていた。

 というのも――。


 「はい。それでは今日は文化祭の出し物について決めていきたいと思います!」


 「「「よっしゃ~!」」」


 そう。クラスが盛り上がりを見せているのは他でもない。文化祭の出し物を決める時間であるからだ。

 楽しみで楽しみで仕方のない文化祭。それも自分たちのクラスの出し物となれば、みんなやる気出しますよね。


 俺はそんな盛り上がりからは一歩引いたところで静かに眺めているのがお決まりだった。

 しかし、どっかの誰かさんの策略で文化祭実行委員になってしまったが故、今は黒板の前でチョークを握っている。


 さすがにこうしてみんなをまとめるって言うのはキャパオーバーだから、司会進行決議等々の表立った役割は全て佐々木に丸投げしてしまった。

 もちろんその代わり、議事録やら決議状況といった雑務は俺が全て引き受けた。


 仕事量もほとんど差はなく、それでいてお互いの長所を存分に生かせる。まさに適材適所だね。


 「じゃあ……まず、何をやりたいか挙手で教えて下さ――」


 「「「はいはいはいはいはい‼」」」


 佐々木が言い終わる前に、教室の至る所から手が挙がる挙がる挙がる……。

 こうして前から見ていると、佐々木が餌を投げて、それめがけて我よ我よと頬張ろうとする鯉の大群にしか見えないんだが……。


 「はいはいはい、わかったから少し落ち着いて~。じゃあ、端っこから聞いて行くから。当てられたら答えてね」


 佐々木はまるで鯉――じゃなくてクラスメイトを操るかのごとく、指先で従わせていく。


 「たこ焼き!」「アメリカンドッグ!」「焼きそばがいい!」


 そして当てられた生徒がどんどんと出し物の案を出していくから、俺もそれに合わせて黒板に書いていく。

 だが、思っていたよりも出る案の数が多い。


 「フランクフルト!」「お団子はどうかな?」「いちご大福食べた~い」


 おうおうおう……。黒板に書いて見てわかったことだけど、君たち食べ物ばっかりだね。どんだけ食べたいのって思っちゃうなこれ。

 もしかして今から決めるのって「お祭りで食べたい食べ物総選挙」とかだっけ。


 きっとみんなが食べたいと思っているのは、他のクラスの人たちも同じことだから。文化祭当日はきっと食べられると思うから。もっと他にあるだろ、他にっ!


 書記という立場上、勝手に自分の案を書いてしまうのはちょっと利己的過ぎるかもしれない。

 まぁ、俺が書いたところで、バレやしないだろうけどな……ははっ。


 黒板の半分以上が「食べ物」で埋められ、このまま食べ物に占領されてしまうのかと思いきや、ここで佐々木が口を開く。


 「あの……食べ物で盛り上がってるところ申し訳ないんだけど……」


 歯切れが悪そうにクラスを見渡す。


 「実は、調理系を出し物にする場合、家庭科室のガスコンロとか備品とかいった諸々の事情で、全学年で十クラスまでってなってて……言うの忘れててごめんね」


 「まじか~」「去年までは大丈夫じゃなかった……?」


 不満の声が次から次へと聞こえてくる。


 「そうなの……。でも、去年交代交代で使っていたクラスがあったんだけど、やっぱり使いたいときに使えないとかで少し揉めちゃって……。だから、今年からはあらかじめ使用できる団体の数を決めておこうってことになったの」


 「まぁそれならしゃーないよな」「じゃあ他の者も考えなくちゃだね……」


 気を取り直した教室からは、すぐに手が挙がった。


 「はいはいはいっ! やっぱり……お化け屋敷とかやりたくね?」


 それ、それだぁっ!

 ナイスアイデアに、俺の右手にあるチョークも気分よく動き始める。

 そして、こんな案までもが。


 「――お前ら、忘れてるんじゃないだろうな……喫茶店、それもメイドの方のっ!」


 おもむろに席から立ち上がり、そう高らかに言い放ったのは、クラスでも中心的存在の内の一人の――ええと、たしか片山だったな。


 「えぇ~マジで言ってるの~? あたしたちがメイドやるってことじゃん」


 「あはは! その通り! 別に俺たちが女装してもいいんだぜ?」


 「うわぁ~、それだけは勘弁だわ~。客足ピエンになるの確定じゃ~ん!」


 片山は冗談半分に言ったのかもしれないが、こいつが言うことによってそれが案として認められている節がある。

 というのも、俺とか陰キャオタク男子が同じこと言ったとして、その後を考えたことはあるか?


 おそらく場が凍り付き、女子からの視線はアサシンのそれ。聞こえそうで聞こえない声でひそひそと「あいつキモい」だの「これだからオタクは」だの散々に言われ、さらに孤独へと追いやられ、異端児としてのレッテルを何重にも張られてしまうだろう。あぁ、くわばら、くわばら……。


 「――え~ウチはやってもいいけどな~。ほら、こういう機会じゃないとメイド服なんて着れないだろーし。何だかんだ言って面白そーじゃない?」


 最初は敬遠気味の女子たちだったが、クラスのトップに君臨する金髪ストレート系ダンス部の加藤ひよりの一言をきっかけに、方向転換。女子たちのメイド服を着ることへの恥ずかしさという抵抗が少し和らいだきがする。


 俺も大っぴらに言うことはできないが、実のところ、結衣のメイド服というのもちょっと――いや包み隠さず言うなら、めちゃくちゃ気になるところだ。


 きっとここにいる誰よりもきれいでかわいくて似合っているだろう。間違いない。これはこの世の真理と言っても過言ではない。


 普段の場で「メイド服着てよ」なんて言ったら、頬を何発か平手打ちされて嫌われるだけで済めばいいが、コンクリートと一緒に固められて相模湾に――なんてこともなくはない。


 だから、文化祭なら彼女のメイド服という超レアが見れるかもしれない……。

 と、ちょっと自分贔屓の考えを巡らせていると、それ以降は案といった案も出てこなくなり、いよいよ投票の時間がやって来た。


 といっても多数決で決められるから、誰が何に票を入れたのかはダダ洩れだけど。

 さぁ、今こそ決するときだっ――!


 ――なんと俺たちのクラスメイトの正直さよ。

 他の数十個の案を差し置いて、「メイド喫茶」が圧倒的多数で可決されたのだ。


 俺も静かにガッツポーズ。文化祭よ、早く来てくれ――。

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