第119話 不満

 実行委員の仕事が忙しくなるとは前々から聞いていたが、正直ここまで忙しくなるとは思ってもいなかった。


 「朝は部活がある人以外はなるべく来てほしい」という松山先輩のお願いが、実行委員のライングループで流れたことがそもそもの発端だった。


 文化祭実行委員を構成するメンバーの半数がバリバリの運動部であることから、俺のような帰宅部や、朝練のない文化部といった数名がもはや強制的に参加させられることに。


 いつもよりはやく起きていつもより急いでチャリを漕がなければならず、授業中に舟をこぐようなことが少しずつ出てきた。


 それならまだしも、それから数日後には、なんと昼休みまで招集がかかるようになってしまった。


 もちろん、メッセージの文言は「来れる人は来てほしい」というシンプルかつ短文であった。

 しかし、その中には、「上級生が集まってきているのに、下級生が来ないわけがないよな」という隠れた圧がかかっているように感じてしまい、行かざるを得ない状況だった。


 まあ、上級生も時間を削ってまで文化祭をいいものにしようと奮闘しているのであれば、俺たちだって身を粉にしても協力をするつもりではいた。


 だが、俺は気づいてしまった。会議室に行っても、来ている上級生はほとんど仕事をすることなく、机に座って、黒板に落書きをしておしゃべりをしているだけだということに。


 おしゃべりが悪いとは言っていない。しかし、時間が足りないという委員長の判断でなるべく多くの人をこの場に集め、山積する仕事を片付けていくはずだったのに、この有様とは……。


 ここに来て重くのしかかる実行委員の仕事――それは各クラスの出し物の候補と、内容や申請書の不備などのチェックだ。


 先日、俺たちのクラスで「メイド喫茶」をやることが決まったばかりだが、他のクラスも同様に希望の出し物についての申請書類を提出しに来ている。

 申請書類は、出し物の内容とそれを行うための必要事項について記入する欄が設けられている。

 それをチェックしてハンコを押す。それだけなら何の問題もないのだが……。


 何せ、記入しているのは高校生。いくらしっかいしている年頃とはいえ、あちこちで未記入の欄や企画内容がいまいち伝わってこない不備などが見られる。

 そのような書類はもう一度クラスに返して再提出を求めることになっている。


 そうした時間を考慮すると、一日のうちに終わらせておきたいところなのだが、楽しそうに談笑している上級生の周りにはこなすべき仕事のプリントはほとんどなく、そのしわ寄せが全て俺たち下級生に回り始めている。


 人数的には下級生の方が多いから今の内はまだ仕事をこなすことができているが、これが続くようなら、上級生を見た下級生がやる気をなくしてしまいかねない。

 つまり、それは今まで予定通りに機能していたものが機能しなくなることを意味していて、徐々に自分たちの首を絞めていくことになる。


 さすがにこの状況をおかしいと思ったのか、いつもは文句など言わない村井ですら怒り心頭のようだった。


 「ちょっと先輩、今いいですか?」


 「ん? 大丈夫だけど。どうした……?」


 「やっぱりこれっておかしくないですか? 明かに私たちに多く仕事回ってきてないですか?」


 「まぁな。俺も薄々は気づいてはいたよ」


 「じゃあ、なんで委員長に言わないんですか? 私もう我慢できないんですけど」


 と、そのまま委員長のところに殴り込みにでも行くかのような勢いだったから、俺は慌てて村井を引き留める。


 「村井、ちょっと落ち着けって」


 「嫌です」


 「それで今村井が文句を言ったとして、その後はどうなると思う?」


 「えっ……?」


 「よく考えて見ろ。もしサボってないとしても、自分が下級生から文句を言われるとどんな気持ちになる?」


 「そ、そうですね……。ちょっとイラっとします」


 「だろ? つまり、それは今のあの人たちにも当てはまる」


 「で、でも……」


 「村井の言いたいことはよくわかる。でも、ここで空気をぶち壊して残りの期間気まずく過ごすよりかは、ここはぐっとこらえる方が賢明だと思うぞ」


 「うっ……た、たしかに」


 村井はその性格から、たまに思ったことをそのまま口に出してしまうことがあった。

 だから、今回も我慢なんてしないで委員長だろうが上級生だろうが、ダメなものはダメと言うべきなのだというスタンスなのは変わっていない。


 しかし、俺の言葉で少しは立ち止まって考えてくれて、少しホッとした。

 なぜなら、言いたいことをなんでも口に出してしまえば、もちろんいいこともあるだろうが、その分反感を買う可能性も高くなるわけで。それは村井本人にとっていかようにも変わり得る。


 俺は悪い方向に村井が進んでほしくなかった。

 こんなの自己満足かもしれないが、それで村井が傷つく可能性が得るのであれば、俺はそれでいいと思っている。


 「ほらほら。働きアリの法則ってあるだろ。ここも、それと同じって考えればどうってことないって」


 二割はよく働き、六割は普通に働き、二割は怠ける。これはどこの集団でも必ず起きてしまうものだ。

 その怠けている二割を排除しても、また残りのメンバーから怠けるものが出てきてしまう。


 「わ、わかりました……」


 その怠け二割を大切にすることが生産性の底上げとかに繋がるとか何とかっていうんだろうけど、他人を変えようとするのは至難の業。あえて難しくて面倒な橋を選ぶほど判断力が低下しているわけではない。


 俺は村井をもとの場所まで戻るのを確認すると、談笑している上級生たちから視線を外し、目の前に置かれたプリントの字に集中することにした――。


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