第114話 生贄
二学期初日だというのに、午後まで授業があるとは……。
夏休み明けしょっぱななんだから、もう少しゆっくりさせてもらってもいいじゃないか――などと自分の内で文句をブーブー言っていたけど、時間は逆らうことも止まることもしないから、気付いたらちゃんと終わってくれた。
久しぶりのフルでの授業に疲れを感じ、大きく伸びをしたところで、帰りの支度を始める。
しかし、俺が鞄に荷物を積めていると、どこからか足音が向かってきて、俺の席の前でぴたりと止まった。
「……?」
顔を上げると、そこにはクラスメイトの女子が立っていた。艶のある黒髪を肩の下まで長く伸ばしていて、まさに大和撫子って感じの見た目だった。
「……帰っちゃうの?」
その凛々しいたたずまいから、芯のある透き通った声が俺の耳に入ってくる。
「えっ……?」
突然の展開に頭が追い付かない。逆に聞くけど、授業終わったんだから帰るでしょ。もしかして居残り勉強派ですか?
まぁそれは構わないですけど、それならお一人の方が捗るのでは……?
っていうか、そもそもあなた誰……?
「『えっ』って言われても……。これから文化祭実行委員でしょ?」
「ブ、ブンカサイジッコウイイン……?」
え、何それ。おいしいの……?
「ブンカサイ」ってなんかフルコースの前妻とかに出てきそうでお腹がすいてきてしまうぞ、おい。
「ちょっと待って。高岡くん……もしかして文化祭実行委員のこと忘れてたの?」
慌てた様子で彼女はそう聞き返す。
「え、えっと……忘れてたというか……初耳なんですけど」
だから、あなた誰ですか……?
「うそっ⁉ だって四月に委員会とか決めるとき――あっ」
何かを思い出したかのように言葉を止める。うん、思い出してくれたね。俺はそのときそこにいませんでしたよね? きっとベッドの上でごろごろしていたと思いますよ。
「あ、あの……。どうして俺が文化祭実行委員になったの?」
俺が文化祭実行委員になったことには驚いたが、そもそもなぜ俺が選ばれたのかが不思議なところだ。
「男子は誰もやりたがらなくて……」
「そうなの……?」
誰もやりたがらないってなんだよそれ。
てっきり、陽キャでガンガンイケイケワッショイ系の人が立候補して、何人もが一つの椅子を求めて壮絶な戦いをするって思ってたんだけど……。
「たぶん、うちのクラスの男子は、ただ単純に文化祭を楽しむことだけしか頭にないんだと思うよ」
「へ、へぇ……」
ちゃんと楽しみたいから、会議とかまとめ役とか面倒くさそうなことはしないで参加型で行くと……。
陽キャはみんなまとめ役してさらに楽しんじゃうハイブリット型だと思っていただけに、なんだか意外な感じがする。
「だから、誰も立候補しなくて膠着状態になっちゃったから、最終的に余った高岡くんにして一件落着って感じになったの」
「ふぅ~ん――って、待て待て。俺に対して地獄の所業みたいなことしようっていったの誰なのマジで?」
俺ってクラス発足時からそんな生贄に差し出されるほど嫌われるようなことしてましたかね? そもそもクラスにすらいなかったけど……。ニンゲン、コワイ……。
「あぁ、あのとき場を仕切ってたのは……たしか柳先生だったよ」
「うわぁ、マジか……。やっぱりあの人だったか~……」
あの人、柳先生ならやりかねなない。立候補者が出ずに議論がまったく進展しない状況下、クラスを仕切る立場にあった柳先生。
一年生のときから俺を知っていて、かつその場にいないとなれば、俺一人を犠牲にすることなど何の造作もなくやってしまうだろう。
内心しめしめと思って大きくガッツポーズしている柳先生の顔が鮮明に想像することすらできてしまった。
くそっ、俺の意向を完全に無視して勝手に決めやがって。しかも、それを俺が登校し始めたときにいうんじゃなくて、今の今まで黙っていたことがどうも納得できない。まぁ、まだあの人の口から何も言われてないんだけどね……。
……だからか。今日のホームルームから俺に視線を向けることが一切なかったのは。
いやね、いつもガン見されてたら、逆に変な気がするけど、まったく視線を合わせないって言うのもそれはそれでねぇ……。
「と、とにかく。あと少しで実行委員会始まっちゃうから来て!」
「あ、うん。よろしくね……えっと……」
「えっ……もしかして私の名前知らないの?」
「え、えっと……はい、ごめんなさい」
だってクラスの人とあんまり話す機会ないし、授業で当てられるときに名前は耳に入るけど、すぐ忘れちゃうし……。
「そ、そうなんだ……。この時期でクラスメイトの名前を憶えていない人ってこれまで見たことなかったな~」
「うぐっ……何も反論できないですごめんなさいマジで……」
ごめんよ。俺は人の顔と名前を一致させることが苦手なんだよ。クラス始まってからもう半年経ってるけど……。
「あはは……別にあんまり気にしてないよ~。ならこの機会にぜひ覚えてよ。私は佐々木里沙。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
「うん。あっ、あと、高岡くんたまに敬語になるときあるけど、同級生でクラスメイトなんだから、もっとフラットに話してくれていいからね~」
「わ、わかった……」
俺は自分の身に降りかかった事実を完全に消化することができないまま、佐々木に連れられ、「ブンカサイジッコウイイン」が行われるという会議室に向かった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます