第2章 夏休み
誕生日
第81話 提案
期末試験の結果発表も終わって、明日からついに夏休み。
クラス順位も中の上くらいにまでは上がっていた。それに、何より学年順位が二桁になってたの!
お母さんとの約束通り、お小遣いも増やしてもらえてほんとにうれしかった。
それもこれも全部――高岡くんのおかげ。
高岡くんと一緒に勉強してなかったら、きっとこんな結果にはなっていなかったと思う。わからないところを、わたしが納得するまで何回だって同じ説明をしてくれた。ときにはジェスチャーを加えてまで。
高岡くんだって、中間でクラス一位を取ったから周りからのプレッシャーだってたくさんあったと思う。それなのに、わたしのために時間を割いてまで丁寧に教えてくれた。
だからわたしはそれに応えたかった。
わたしが「ありがとう」を言っても、もし結果が出なかったら、責任感が人一倍強い高岡くんはきっと自分のせいだって思っちゃう。
だからそれがわかったときはつい興奮しちゃった。高岡くんにちょっと迷惑かけちゃったかもしれないけど、それでもちゃんと結果で「ありがとう」を言うことができた。
「はぁ……」
わたしは窓の向こう、遠くで月光を浴びてキラキラと揺らいでいる海面をぼーっと長めながら一息つく。
高岡くんとお付き合いしてから、かれこれ二カ月。
わたしが部活で忙しいこともあって、休日どこかに二人でどこか遊びに行くことすらできていない。
平日は昇降口までを一緒に歩くくらいで、周りからしたらカップルにすら見られていないかもしれない。
――でも。
明日からは夏休み。部活も毎日毎日朝から夕方までやるわけじゃないし、きっとどこかで高岡くんと遊びに行けるかもしれない。
そう思うと、胸のドキドキと、高岡くんと色々な所に行きたいなっていう思いで心が躍る。
まずはどこに行こう……。
水族館……は外せないよね。イルカショー見てペンギンなんかも一緒に……。
あとは遊園地? ペアコーデとかで行ったら……もう絶対に楽しいに決まってる!
夜になったら観覧車に乗って、ゆっくりと登っていく車内から見える夜景を見て、頂上に着いたら自然といい雰囲気に鳴って、お互いにハグして唇が――って、やだっ。わたしったらなにを考えているんだろう。
きっと恋愛ドラマの見過ぎかもしれない。きっとそう。そうに違いない――でも……。
高岡くんとはもっと仲良くなりたいし、それに、それに……付き合ってるなら……そのハグとかするんだろうし、それに……キ、キス……とか。したくないと言ったら嘘にはなるけど。でも……今は少し恥ずかしいかも……。
わたしは明日から始まる夏休みに色々と変な期待を膨らませ過ぎていたのかもしれない。
だからだろう。部屋の中央に置かれたローテーブルの上でスマホが振動していることに気づくのが少し遅れてしまった。
わたしは慌ててスマホを手に取って画面を表示させる――相手は佳奈だった。
「も、もしもし……?」
「あぁ、結衣? 私なんだけど」
「どうかしたの?」
「いや……ちょっとね」
「…………?」
珍しく佳奈に勢いが感じられない。電話越しでもわかる。佳奈はどこか迷っている、そんな印象だった。
「何か悩み事とか?」
「ん~悩み事ではないんだけどね……」
「……? じゃあどうして……」
「あ、あのさ結衣」
「うん」
「こんなこと聞くのはお節介かもしれないけどさ……あんたプレゼントは用意した?」
「プレゼント? 何の?」
「はぁ……やっぱりか。それなら聞いてよかったよ」
「えっ、えっ? 佳奈、それってどういうことなの……?」
「そういう反応ってことは、やっぱり知らないみたいなのね」
「だから何を……?」
「――伊織くんの誕生日。来週の月曜日らしいよ」
「…………えっ?」
そうなの? 高岡くんの誕生日ってそんなにすぐなの……?
初耳の情報にわたしの頭が追い付かない。
たしかにお互いの誕生日の話なんて全くしてこなかったから、わたしは高岡くんの誕生日を知らないし、高岡くんもきっとわたしの誕生日を知らないんだと思う。
――ん? 待って。その前に……。
「――なんで佳奈が高岡くんの誕生日を知ってるの?」
そうだよ。なんで佳奈が知ってるんだろう。
まさか高岡くんが佳奈だけに自分の誕生日を教えた……なんてことはたぶんしないだろうから、なおさら気になる。どこで佳奈は高岡くんの知ったのか……。
「あぁ、達也から聞いたの。[そろそろ伊織の誕生日だけど、結衣ちゃんはプレゼント買ったの?]ってメッセージ来てたから」
「あっ……そ、そうだったんだ……」
そうだ、宮下くんがいたよ。すっかり忘れてた……ごめんね。
わたしは一安心してほっと息をつく。
宮下くんは普段はちょっと抜けているようなところもあるんだけど、こうやって友達思いなところがあるんだなって思った。そんな友達がいる高岡くんはなんて幸せ者なんだろうね。
「――それで、結衣」
「な、なに……?」
「プレゼント。どうすんの?」
「そうだった……」
今日は金曜日。高岡くんの誕生日が月曜日だから、残された時間はあと二日。でも、土日は部活があるからそんなに悠長に選んでもいられない。
「ねぇ、佳奈……」
「ん? どうしたの?」
「明日の部活の後さ……一緒にプレゼント選ぶの手伝ってくれない?」
「え~なんでよ~。彼氏にあげる初めてのプレゼントくらい自分で選びなよ」
「そ、そうなんだけど……。初めてだから、だよ……佳奈。わたし一人だと何を選んでいいのかわからなくなりそうで……だから、お願いっ」
きっとわたしが決めきれずにおろおろしているところに口の達者な店員さんが寄ってきて、あれこれ説明されて結局全部買っちゃうかもしれない。なんとしてもそれは避けないと。
「んん……わかったよ。その代わり、アドバイスだけだからね。決めるのは結衣、あんた。それでいいなら付き合ってあげる」
「ほんとっ⁉ やったぁ! ありがとう佳奈‼」
「大したことじゃないのにそんなに言われると……照れるわぁ」
電話の奥で顔を赤く染めている佳奈を想像すると、自然と笑みがこぼれる。
「ふふふっ」
「ちょ、ちょっと結衣。なにが『ふふふっ』よ。そんなにおかしい?」
「い。いや、そうじゃなくて……。佳奈が『照れる』なんて言うから、つい……」
「やっぱりおかしいんじゃないっ! ふぅ~ん、別に付いて行かなくてもいいんだけど……」
「あっ、うそ! さっきのはうそだからっ!」
「あはは。やっぱり結衣は最高だわ」
「わたしも……。佳奈と話していると楽しい」
「そっか。それは良かった。……じゃあ、明日部活終わったら駅ビルのモールにでも行こうか」
「うん!」
電話を切ってベッドに横になる。
「プレゼント、か……」
女の子同士ならこれまで何度もプレゼントをあげたり貰ったりしてきたからいいんだけど。
それが男の子、それも、か……彼氏にあげるとなれば、たくさん喜んでもらえるようなものをプレゼントしたいな。
高岡くんの満面の笑みが見れるような、そんなものを――。
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