第80話 再来
「――終わったぁ〜」
期末試験から数日後。
この日は試験返却のみが行われ、毎度の如く先生たちのお説教――もとい、ありがたいお言葉を頂戴したのであった。
毎度毎度過ぎてありがたみがあまり伝わってこなかった俺は、自分の点数だけを気にしていた。
もちろん中間試験があれだったから、俺の名前が呼ばれたときにクラス中の注目を集めてしまったが、そこは無心を心がけてなんとか乗り切った――いや、心がけてたから無心ではないか? まぁいいか。
俺の試験結果は――なかなかの上出来だった。中間よりも科目数が多い分、クラスの平均点も軒並み落ちていたが、俺個人としては中間と同等、むしろそれ以上の成果を出せたのではないかと思う。
そして最後の授業の終了を告げるチャイムは、同時に夏休みの実質的な始まりをも告げているのだ。
「ねぇねぇ、今日この後駅前にできた新しいカフェ行かない?」
「よぉし、これで心おきなく部活漬けの日々を送れるぜ‼」
「この夏祭り行こうよ! みんなで浴衣とか着てさ! それってもう何ていうか映えだよね! マジでキュンしちゃうわ~」
こんな風に、期末試験から解放された教室はいつになく騒がしくなっていて、夏休みの予定を立てている人の声まで聞こえてくる。
いや、さっきの誰だよ……。ごめん、名前知らんけどさ。
映えとかキュンとか、「流行りっぽい言葉使ってればとりあえず会話成立」みたいな風潮だけはマジで勘弁してほしい。
万が一(ここ大事)話す機会があったら、きっとあなたとは会話できないと思う、きっと。……ぴえん。
いつもはアサシンの如き鋭利な視線で生徒たちを貫くゲイボルクを持ってることで有名な柳先生も、今日は試験返却を終えて一学期を乗り切った俺たちを労っているのか、呆れ顔ではあったが俺たちの馬鹿騒ぎを眺めているだけで、主だった注意はほとんどなかった。
軽いホームルームを終えると、さっきの騒々しさが三割増しくらいになって俺の耳に襲い掛かる。
鼓膜の危機を感じた俺は、急いで隣で談笑している近藤さんを呼ぶ。
「近藤さん……そろそろ行かない?」
「――あっ、そうだった」
近藤さんは話している女の子に「ごめんね」と一言告げると、せっせと荷物をまとめに入る。
その間、その女の子は「結衣ちゃんってまさか……」とつぶやきながら近藤さんをじっと見ていた。
そうかと思っていると、急に俺の方に振り向き直して、「頑張ってね」とウインクをしてグーサインを送ってきた。
「は、はい……」
完全に目が合っているのだから、スルーすることはできず、かといってノーリアクションっていうのもあれだから、とりあえず軽く会釈を返す。
すると、その子は「うん」と頷いてスタスタと歩いて行ってしまった。
「――さて、と。……高岡くん、準備できたよ!」
近藤さんはやる気に満ちた表情で鞄を掛けている。
「よし、それじゃあ行くか――」
俺と近藤さんは並んで歩き出す。
「近藤さん、試験どうだった?」
「うん! 前よりもすっごく良かったよ! 高岡くんに教えてもらったことが試験でもしっかりできたし、問題集も頑張って何週もしたんだ! 今回も本当に高岡くんの言った通りだったね。同じ問題見つけて試験中うれしくなっちゃって」
中間試験からかなりの点数アップだったんだろう。本当にうれしそうに近藤さんは満面の笑みでそのときのことを詳しく、ジェスチャーを交えながら話してくれた。
聞いている俺も、まるで近藤さんの立場になったかのように、彼女の言葉に引き込まれた。
お互いに楽しくおしゃべりをしていると、うるさい廊下なんて全く気になることもなく、気がつくと目的地に着いた。
「――おっ……着いたね」
「うん……」
さっきの軽快な会話とはうって変わり、お互いに少し抑え気味の声になる。
喧騒から少し離れた空き教室。ここが奴に指定された場所だった。
鍵は開いておらず、奴がやって来るのを待つことにする。
遠くから聞こえる話し声を横耳に待つこと数分。
こちらに向かってくる二人の足音が聞こえてくる。
「――二人とも、ずいぶんと早いじゃないか」「遅くなちゃってごめんね~」
その声とともに現れたのは、達也。その後ろには佳奈さんもいる。
「さあ、早速中に入って始めるとするか」
「ああ、そうだな」「うん」
俺と近藤さんは達也と佳奈さんに続いて入室する。
「――さて。前置きはいらないな。いざっ! 点数勝負じゃ‼」
達也の威勢のいい声を皮切りに、試験前に約束した例の勝負の決着のときを迎える。
俺たち四人は科目ごとに自分の解答用紙を床に並べていって点数を足していく。
国語から始まり、数学、英語、歴史、生物……。床は四人の解答用紙で埋め尽くされていく。
そして最後の科目を並べ終え――。
「うわぁぁあ! 負けた~!」
結果は俺と近藤さんチームの圧勝だった。
達也は崩れ落ちるように膝をついて床に顔を押し付ける。佳奈さんは「はぁ」とため息をついて、おいおいと声を上げている達也をジト目で見ていた。
「く、くそぉ……今回は勝てると思ったのに……」
「よくその点数で勝てると思ったわね、まったく……」
達也の全科目の平均点は76点。前回の中間試験に比べれば大躍進ともいえる点数であったが、俺には到底及ぶものではなかった。なにせ、俺は平均91点だし(ドヤっ)。
「――それで、だ。達也。この勝負に勝った方は何かしてもらえるのか?」
そういえば勝負を持ちかけられた日に条件みたいなことはたぶん話していなかったと思う。
ただ勝負するだけで終わり、なんてそんなことを達也が考えるはずはない。そうでなかったらあんなに悔しそうに床をどんどん叩いていないだろうし。
「――あぁ、そうだよ。負けた方が何でも言うことを聞くんだよ……」
「お、おう……」
なかなか定番だけど、内容如何によってはヘビーにもライトにもなるあれか。
にしても、負けた方から言われるとは思ってなかったな。てっきりなかったことにでもされるのかと思ってたぜ。
何なら達也が素直過ぎて、逆に恐怖すら感じるぞ。
「達也はそう言ってるみたいだけど、近藤さんはどうしたい?」
「そ、そうだね……。何でもって一番悩んじゃうよね。う~ん…………あっ、そうだ!」
少し考えていた近藤さんはパチンと手を叩くと、
「晃さん、晃さんのお店のメニューをおごってもらうのはどうかな?」
「なるほどっ!」
無理強いをするのではなくて、高校生が罰ゲームとしてできる範囲で決めるところに、近藤さんの優しさがにじみ出ているように感じる。
もし俺が単独で決めることになっていたら……。
「じゃあもう晃さんのところ行こうよ」
「そうだな……」「そーだね」「うん! 行こっ!」
床に散らばっている紙をかき集めて空き教室から出て足を一歩踏み出したとき、ふと気づく。
あれ? 今から晃さんのところ行くんだよね。
ってことは――またあの坂道を上るの?
さっきは近藤さんのグッドアイデアに夢中になっていてゴーサインを出してしまった。おごってもらえるのはうれしいけどさ……。
冷静になって考えれば考えるほど、あの辛さがフラッシュバックしてくる。
首筋を一滴の汗が伝っていくのをたしかに感じた。
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