第79話 期末試験
「――高岡くん、ここの問題なんだけど……」
「あ、そこね。そこは……」
一週間後に期末試験を控えている俺と近藤さんは、いつになく真剣に問題と向き合っていた。
もちろん一緒に勉強しているのだから、わからないところはお互いに教え合って、試験範囲を着々と終わらせていった。
「――近藤さん、少し休憩しようか」
「そうだね。だいぶ進んだよ! わたし一人じゃこんなにできなかったよ……」
「そっか。それはよかった! 俺もかなり進められたよ」
湯気が薄れ、少し熱さの和らいだコーヒーを啜る。
インスタントとか、素人が淹れるコーヒーは冷めてくるにつれて苦みが増してくるのだが、晃さんのそれは違った。
冷めてきても透き通った味わいのままで、口の中に苦みが残らない。これこそまさにプロの味。俺もこんなコーヒーを淹れられるくらいになりたいな……。
そんなことを思いながら、深く息を吐いて窓の先を眺めていると、突然背後から声がかけられた。
「――奇遇だね。君たちも勉強かい?」
何だ⁉
コーヒーを持ちながら、慌てて声のした方を振り向くと――
「た、達也⁉」
そこに立っていたのは、制服を少し着崩した達也だった。
「なんだよ、そんなにびっくりして。俺の顔になんか付いてるのか?」
達也は顔をぺたぺたと触って、「何もついてないんだけど?」みたいにドヤ顔をする。
振り向いたとき一瞬未知の生物なのかって思ったけど、今その顔を見ると本当に地球外生命体みたいに見えてくるからほんとやめて。
「ってか、なんで達也もここいるんだ?」
「俺がここにいちゃいけないのか?」
「いや……そうじゃなくて」
「……まぁいいだろう。俺がここにきたのは他でもないっ!」
右手を高らかに突き上げ、明らかにこの静かな空間に場違いな声でそう言い放った。
えーっと、この前もこんなことあったよね。ぜーんぜん学ばないね、達也くんは。
まあ、ここは晃さんのお店だからある程度は許容範囲かもしれないけどさ……。
「……それで? 他でもないなら何なんだよ」
さっきから自信げな表情のままだから何を考えているのか気になって仕方がない。
「勉強だ。勉強しにここへ来たっ!」
「な、何だって!?」
あ、あの達也が!? 自分から勉強しに来ている、だと!?
今は期末試験を間近に控えている。それに以前点数勝負を持ちかけられたのだから、達也が勉強をしていてもおかしくはない。
しかし、だ。
達也がコーヒー片手に時より目を細めて窓辺を眺めながらシャーペンを持つ手をカリカリと動かす――だめだ。全然想像がつかない。だって達也だもん。
「――あっ」
そこで俺はここに来てから今の今まで、そこまで気にはなっていなかったものの、何となく感じていた違和感の輪郭が見えてきた。
――伊織くんと結衣くんも勉強でここに……。
――奇遇だね。君たちも勉強かい?
なるほど、そういうことだったのか。
「達也、もしかして俺と近藤さんが来たときにはもうここにいた?」
「あぁ、いたよ。お前らをびっくりさせようと思って晃さんに黙ってもらってたんだ」
「まじかっ……」
カウンターの方を向くと、晃さんはグラスを拭きながら「ごめんね」と両手を合わせて苦笑いしていた。
「っていうか、ここに来るの知ってたの?」
「それは――」
達也が後ろを向いて何か合図をする。すると、
「やっほー、伊織くん、それに結衣も」
ソファの上からひょいと顔を出してニカッとした笑みを浮かべながら佳奈さんが手を振っている。
「私が昇降口で二人を見かけて、それを達也に言ったんだ。そしたら、ここに行くんじゃないかって言うから、先回りして待ってたの」
「へ、へぇ……」
「坂道ダッシュすぎてマジ疲れたけど、そのびっくり顔が見れたから良しとしよう」
「そうですか……」
「――伊織、俺たちは必ず点数勝負に勝ってみせるからな。首長くして待ってろよ!」
「お、おう……」
言葉の意味違くないですか? と思いつつも、達也の勢いを真正面から受け止めるとキリがないので、軽くあしらうことにした。
「じゃあ、俺たちももう少し勉強するから。じゃあな!」
「が、頑張ろうな……」
期末試験まで残り一週間。俺たちの戦いは大詰めを迎えることになる――。
******
それからはあっという間に日付が流れていき、今日からついに期末試験が始まる。
俺はいつもより一時間くらい前に起きて身支度を整えると、学校へと向かう。
「……よし」
俺はまだ一人の生徒もいない無人の教室に足を踏み入れる。
いつもはうるさいこの場所であるが、試験期間中はいつも俺は一番乗りだから、この稀有な光景を見ることができるのだ。
この静まり返っている教室、好き。ギャップ萌え、的な……?
気分が高揚してきた俺は珍しく鼻歌を口ずさみながら、鞄から教科書やノートを取り出して、最後の詰め込み作業に入る。
もちろん、試験内容は事前に嫌と言うほど頭に叩き込んだから、これはいわば確認作業ともいえる。
覚えていることを眺めているだけでも気持ちに余裕が出てくる。精神安定剤的な役割。どれだけ多用しても何の害もなくてむしろプラスとか、最強かよ。
一人の時間が流れていたが、しばらくしてドアがゆっくりと開かれる。
「――おはよう、高岡くん」
「あっ、おはよう、近藤さん」
「高岡くんが最初なんだ……。いつからいたの?」
「んーっと、たしか二十分くらい前だったかな……?」
「へぇ! 早いね!」
「そうだね。いつもとは正反対」
「たしかにっ! 高岡くんいつもギリギリだもんね」
「それは否定できないです………」
「ふふふっ」「はははっ」
二人の笑い声が、いつもより広く感じる教室に響く。
ひとしきり笑った後、近藤さんが落ち着いた様子でこちらを見る。
「――いよいよだね、高岡くん」
「うん……近藤さんは調子どう?」
「まぁまぁ、かな。……あっ、でも、今回は高岡くんに色々教えてもらったから、前よりかは自信あるよ!」
「そっか、それはよかった!」
「わたしも最後の確認しよっと」
近藤さんは俺の隣の席に座ると、ぶつぶつと独り言のように何かを呟きながら、どうやら自分の世界にでも入ったように集中し始めた。
俺はそれを横耳にしつつ、確認作業へと戻っていく。
それは他の生徒が登校するまで黙々と続いていた。
しかし、さすがに人が増えてくると恥ずかしいのか、それとも話し声でかき消されたのか。近藤さんの呟きは気がつくと聞こえなくなっていて、その代わりに教室にいつもの活気(?)が溢れ出していた。
それからはたいして集中することができないまま淡々と時間が過ぎていき――
「――それでは、試験開始!」
試験開始のチャイムとともに、柳先生の(珍しく)鋭い声が教室に響くと、俺はシャーペンを握る力を強めた。
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