第82話 昼食
「今日もお疲れさまでした!」
「「お疲れさまでした!」」
部長が締めの挨拶をすると、円になっていた部員たちが散り散りになっていく。
夏の容赦ない日差しが照り付ける中の練習は本当に体力を消耗してしまう。ちゃんと水分を取らないと熱中症になっちゃうよ……。
部室までの帰り道、わたしは佳奈と並んで歩いていた。
「いや~今日の練習も疲れたね」
「そうだね……暑くて暑くて」
「本当だよ……。もう少し日本の夏も涼しくならないのかね」
佳奈はため息をつきながらパタパタと手を扇いで風を送っている。だけど、その風も太陽に温められて少し生温かった。
「――あっ、そうだ!」
急に手を止めてわたしをじっと見る。
「この後プレゼント買いに行くじゃん」
「う、うん……」
「ならさ、ついでに二人でお昼も食べちゃおうよ! それからゆっくりショッピングするって感じ。どう?」
「あぁ! それいいねっ!」
このまま直接買いに行くとなると家に着くのはお昼を大きく過ぎてしまう。今も少しお腹がすいているし、帰ってから食べちゃうと夜ご飯も食べれなくなっちゃうかもしれない。
だから、わたしは佳奈の提案に乗ることにした。
「じゃあ決まりだね。ほら、さっさと支度して行こうよ。もうすぐ混んできちゃうから」
「そうだね」
佳奈は「ほら早く!」と部室までの道を走り始めた。練習後はいつもくたくたなんだけど、なぜかそのときは身体も軽かったから、わたしも佳奈の背中をめがけて走り出す。
部室に戻って着替えるまではよかったんだけど……。
「あぁつぅいぃ……」
「ほんとだよ。溶けちゃう……」
部室から外に出て駅に向かって歩き始めて数分。
駅までの道は日差しを遮るものがほとんどなくて、未知のどこを歩いていてもギラギラの太陽がわたしたちを焼くように照り付けてくる。
今なら日傘をしている人の気持ちが分かる……というかわたしも欲しい……。女子高生が日傘なんておばさん臭くて嫌だな……って思っていたけど、今はそんなことを思っていた自分が恥ずかしく思えてくる。
いくらおしゃれを気にする年ごろでも、暑さには敵いそうにないです……。
帰ったらお母さんに聞いてみよう。日傘は必須アイテムだ。わたしはそう強く思った。
それから十分くらい猛暑の中を歩くと、目先に大きな建物群が見えてきた。
「ふぅ……佳奈~あと少しだね」
「よぉし、あそこに行けば……」
「そうだね、あそこはきっと……」
わたしと佳奈は屋台の鉄板みたいに熱々のコンクリートの道路を速度を少し上げて歩く。
そして――
「――あぁ、天国だぁ~」
「ん~涼しい……生き返る……」
駅に隣接するショッピングモールに着いて、自動ドアをくぐると、そこはまさに天国そのものだった。
冷房がこれでもかというくらいに効いていて、ドア一枚でここまでの温度差になってしまうことに毎回のように驚かされる。
でも、うだるような暑さの中、汗だくでここ来る人たちにとっては少し寒いかも……。汗がみるみるうちに冷えて、体温が下がっていくのを感じる。
「――さて、と。結衣、どこでご飯食べる?」
「そ、そうだね……」
インフォメーションボードを見ただけでも、十以上の飲食店の表示がある。さっきよりもお腹がすいてきて、どれも食べたくなっちゃう……。
「――じゃあ、これは?」
わたしが指さしたのは――イタリアンのお店。なんでも夏季期間限定の冷製パスタメニューがあるんだとか。絶対に美味しい予感がする‼
それに、わたしは「期間限定」っていう言葉に弱いから、つい……。
「うわぁ! 冷製パスタってあんまり食べたことないから一回食べて見たかったんだよね! よし、そこにしよう!」
「うん!」
意外とすんなりと決まると、わたしと佳奈がそのお店に向かう。
お店の前に着くと、もうすでにたくさんの人で溢れ返っていた。順番待ちの人の列すらもできていて、お店の外にまで伸びている。
「か、佳奈……どうする? ここ混んでるから、また今度に――」
「――しないっ!」
「えっ?」
「私は今日お昼にこの冷製パスタを食べると決めたから、少し待ってでも食べる!」
「わ、わかった……」
佳奈はお腹をぐうっと鳴らしながら、その列に歩いて行く。あはは……佳奈、そんなに食べたかったのね……。佳奈ってそういうところがかわいい。
「ほら~結衣も並ぼうよ」
最後尾に並び始めた佳奈がわたしに手招きをしている。
「は~い」
わたしも小走りで佳奈の横に行くと、おしゃべりをしながら順番が来るのを待った。
雑談で盛り上がっていると時間はあっという間に過ぎて行ったようで、気づいたら名前を呼ばれ、席に案内された。
注文を済ませてこれまた数分後、わたしと佳奈の前にお目当ての冷製パスタが運ばれてきた。
「うわぁ……」「おいしそ~」
わたしと佳奈は思わず言葉がこぼれていた。
「「いただきます!」」
いざそれを口に運ぶと――。
「ん~~」
酸味のある濃厚なトマトソースが、口いっぱいに広がっていく。それに細麺のパスタによく絡んでいて、しっかりとした食べ応えがある。
しかもソースにはトマトの果肉も使われていて、噛むたびにじゅわっとトマトの旨味も舌を伝って全身に伝わっていくようだった。
佳奈も頬を緩めながらパスタを口に運んでいた。
「佳奈、これとってもおいしいね!」
「それな! このパスタうますぎるよ!」
わたしも佳奈もあまりのおいしさに、かなり速いペースで食べていたらしく、頬がリスのように膨れ上がってしまった。
お互いにその顔をカメラで撮り合ったりそれを見せ合ったりして、とても楽しいひと時だった。
「――よし、腹を満たしたところで、今日のメインと行きますか!」
「よ、よろしくお願いします、佳奈隊長!」
「うむ、よろしい。――それではこれより、ミッション『伊織くんのプレゼントを買う』を開始する!」
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