期末試験

第73話 校門

 ――翌日。

 俺がいつものように始業チャイムギリギリに教室に滑り込むと、そこには近藤さんの姿があった。


 「おはよう、近藤さん」


 「あっ……お、おはよう」


 「……?」


 声は元気そうなんだけど、なぜか近藤さんこれ顔はほんのりと赤みがかっていた。


 「近藤さん……? 顔赤いけど……」


 「えっ⁉ こ、これはその……」


 ごにょごにょと語尾を濁して俺から視線を逸らす。

 えぇ……? 一体どうしたんだろう。


 何か一人でぶつぶつと口にしてから、「うん」と大きく頷いたと思ったら、意を決したようにこちらを振り向く。


 「た、高岡くん……」


 「は、はい……」


 あまりの真剣さに、俺も思わずかしこまってしまった。


 「今日、どうしても話したいことがあるから、放課後……い、一緒に帰りませんか?」


 「別にいいけど……あれ、近藤さん、部活は?」


 「そ、そうなんだよね……。もし高岡くんさえよければなんだけど……部活があるから、終わるまで待っててくれたら……なんて……ね」


 近藤さんは「あはは」と乾いた笑みを浮かべながら、そっと上目遣いで俺の方を見つめてくる。


 「え、えっと……」


 そんな目で見つめられたら、断るに断れないじゃないか! 


 ってか、俺は断ったとしても、家に帰ってダラダラするだけじゃね? それなら近藤さんと一緒に帰った方が楽しくないか……? うん、そうに違いない。


 「――近藤さん」


 「う、うん……」


 「一緒に帰ろうよ。終わるまで待ってるからさ」


 「えっ⁉」 


 「あれ……? 俺、何か変なこと言った……?」


 「い、いや。そうじゃなくて……。まさか本当に待っててくれるなんて思ってもなくて……。多分断られるだろうなって思ってたから、ダメもとで聞いたんだよね……」


 「そ、そうだったの?」


 そんなわけないだろう。近藤さんの頼みだったら俺は何でも受けてしまうかもしれないレベルだ。……それはそれでヤバい奴か。


 「じゃあ、部活終わったら連絡してよ。俺教室で待ってるからさ」


 「うん、わかった! やったぁ!」


 近藤さんはお腹の前で小さくガッツポーズをしている。……かわいいなぁ。

 学校といういつもの変わりようのない日々を近藤さんが色づけてくれるから、俺は毎日が楽しいと思えるようになっている。


 始業のチャイムとともに柳先生が前方のドアから入って来る。

 ――さて、今日も一日頑張りますか。


 「――はぁ~。終わったぁ~」


 最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く教室。そこにいる誰もが荷物をまとめて部活へ行こうとしている者、友人同士で楽しそうに談笑している者など、あちらこちらでグループができ始めている。


 その中で、席から立ち上がるわけでもなく、荷物をまとめるわけでもなく、友人と話そうとするわけでもなく、ただただ机に突っ伏している者がいた。

 

 そう、それは――俺。


 別に、誰からも話しかけられないとか(事実)、一緒に部活に行くやつがいないとか(事実、というか部活にも属していない)、そんなんじゃないからな(大嘘)。


 端的に言って、友達が少ない……ってそろそろこのくだりにも飽きてきた。


 それはそうと、こうして机で突っ伏すのって最高に気持ちいと感じるのは俺だけだろうか。


 机の表面におでこや頬などをピタッと付けたときの、あのひんやり感。あれ、たまらないよね。で、すぐに温まってきて、どこか他にひんやりしている場所がないか探すのも、またいい。


 「――じゃあ、高岡くん(後でねっ!)」


 俺が机にべったりしていると、近藤さんから声がかけられる。


 「あっ……いってらっしゃ〜い」


 「うん! 行ってくるねっ!」


 大きなラケットを背負ってテトテトと歩いて行く近藤さんに軽く手を振って見送った。近藤さんもニコッとし笑いながら手を振り返してくれた。


 俺と近藤さんの関係は、達也と佳奈さんを除いてまだ誰にも教えていない。だから、まだ周りに生徒がたくさん残っている今なんかは口パクでお互いにやり取りをしている。


 なんだか「二人だけの秘密」って感じがしてすごい……とにかく、なんかすごい(語彙力)。


 近藤さんを見送った後、俺は部活が終わるまでの数時間、教室でやることを探していた。


 何もしないでただ寝てしまったり、ぼーっと窓の外を眺めていたりなんていうのも、それはそれで周りから変な奴として、色んな意味で目立つことになってしまう。

 数秒の小考の後――ここは安定の勉強という結論に至った。まあ妥当なところだろう。


 俺はまだ机の中にある教科書やノートを取り出し、シャーペンを握る右手を動かし始めた。


 それからどれほど時間がたっただろうか。

 静まり返った教室に、携帯の通知音が響き渡る。

 俺は動かす手を止めて、携帯を確認する。


 「部活終わったよ! 十分後には校門につけると思う!」


 近藤さんからのメッセージだった。

 俺は切りのいいところで勉強を切り上げると、荷物をまとめて教室を後にする。


 昇降口から外に出ると、生温かい風が頬をなでた。そろそろこの時期らしい湿っ気にはうんざりしてしまうんだが。

 部活を終えた生徒たちとすれ違いながら、俺はゆっくりと校門へと進んでいく。


 約束の時間よりもちょっと早く着いたから、俺は門の壁に背中を預けてぼーっとしていると、向こうのほうから女の子二人組がこちらへ歩いてくるのが見えた。

 明らかに身長差があったから、それが近藤さんと佳奈さんであることはすぐにわかった。


 少し手前で佳奈さんに何かを告げたような仕草の後、近藤さんは小走りでこちらにやってきた。


 「高岡く〜ん! ごめん、待たせちゃって」


 「いいや、そんなことないよ。それより、佳奈さんはいいの?」


 「あ……うん。今日話したいことって、佳奈に聞かれちゃうと恥ずかしいから……」


 「……?」


 近藤さん? 何? そんなに恥ずかしいことを俺には話していいの……?

 よくわからないけど、近藤さんがそうしたいというなら俺はそれで構わないが……。


 「じゃ、じゃあ行こっか」


 「う、うん」


 近藤さんが先に歩き始めたから、俺はその横に追いついて駅までの道をゆっくりと歩き始めた。

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