第71話 お見舞い

 「――こ、ここが……」


 学校の最寄り駅から数駅電車に乗り、そこから歩いて数分。俺と達也は、佳奈さんに連れられて近藤さんの家の前に来ていた。


 いくらお見舞いとはいえ、女の子の家にお邪魔する機会なんてもちろん人生初なもので、色々と想像が膨らんでしまうのは仕方のないことで……。


 でも、それは近藤さんに失礼極まりのないことだ。近藤さんは今風邪をひいて寝込んでいるのだから、邪魔にならないように最低限の滞在時間で帰るべきだろうな。

 俺はさっきまでの浮ついた気持ちを一蹴する。


 佳奈さんが先行してインターフォンを鳴らす。

 近藤さん以外には誰もいないのだろうか。しばらく反応がない。それとも寝ていて呼び出し音に気づかないのだろうか。


 これ以上待っても反応がないのであれば、きっぱりと諦めて今日のところは帰ろうか――。そう思ったときだった。


 「はぁい。どちら様ですか……?」


 玄関のドアがゆっくりと開き、ちょこんと近藤さんが顔を見せる。風邪をひいているからだろう。いつものキラキラとした瞳からは活気が薄れていて、何かを支えにしていないと倒れてしまいそうな、そんな風に見えた。


 でも、近藤さんは来客が俺たちであることを認識したのだろう。最初も顔が赤かったが、さらに真っ赤にして顔を両手で覆う。


 「ちょ、ちょ、ちょっと佳奈……? なんで高岡くんまでいるの……? 今日は佳奈しか来ないって言ってたじゃん……」


 「あははははは‼ 結衣顔真っ赤っかじゃん! そんなに伊織くんが来て恥ずかしいの?」


 佳奈さんは相手が病人であることをわかっているのだろうか。それとも、わかっていてわざとそうしているのだろうか。

 どちらにせよ、近藤さんの様子を見る限りでは、今日俺が来ることを事前に近藤さんには知らせていなかったみたいだ。


 「あ、あ、あたりまえだよ……。こんなに髪の毛もぼさぼさだし、パジャマだし……。あぁ、こんなの恥ずかしすぎるよぉ……」


 そう言って近藤さんはその場にうずくまってしまった。俺は思わず近藤さんの下に駆け寄っていた。


 「近藤さん、だいじょうぶ⁉」

 

 「うぅぅ。高岡くん……来てくれてありがとう。でもね……わたし、とっても恥ずかしい……」


 「え……あっ、そ、そうだよね……」


 俺は今の行動が少し軽率だったことに気づき、少し近藤さんから距離を取る。

 そんなドギマギした様子の二人を見ていた達也と佳奈さんが何か通謀したような表情を浮かべながら俺たちに話しかけてきた。


 「ねぇねぇ結衣。せっかくお見舞いしようってここまで来て申し訳ないんだけど、大事な用事思い出しちゃった」


 「えぇ~? 佳奈? どうしたの急に……」


 「ほ、ほんとにごめんねぇ。ほんと、今になって急に思い出したんだよね……ねっ、達也」


 「……え? そ、そうそう。伊織もごめんな。ここまで一緒に来たんだけど。俺たちそろそろ行かないといけなくてさ……あはは」


 「た、達也⁉」


 突然の二人からの言葉に、混乱する俺と近藤さん。でも、達也と佳奈さんはそんなのお構いなしにどんどんと話を進めていく。


 「じゃ、じゃあ、私たちはこの辺で。結衣……早く風邪治すんだよ。また学校でね。ばいばーい」


 「じゃ、じゃあな伊織。し、しっかりと近藤さんの面倒を見てあげるんだぞ」


 「えっ、俺が……近藤さんの……?」


 未だに状況が上手く飲み込めない俺たちをその場に残して、二人は手を振って駅の方に歩いて行ってしまった。


 「…………」「…………」


 俺と近藤さんは黙ったまましばらく玄関の前で立ち尽くしていた。


 「――こ、近藤さん」


 「…………」


 「え、えっと、ここじゃあれだし、とりあえず中入る……?」


 ここは近藤さんのお家のはずなんだけど、近藤さんの反応が鈍り始めているのを感じた俺は一声かける。


 「う、うん……でも……」


 「でも……?」


 近藤さんはほんのりと赤らめた顔をこちらに向ける。


 「身体きつくて……高岡くん、手伝って……」


 「――⁉」


 一瞬のためらいがあったが、ここにいるのは俺しかいない。

 しかも、近藤さんから手伝ってと言われているのに、それを断るなんて俺にはできない。

 俺はうずくまっている近藤さんの肩に腕を回して抱えるように立ち上がる。


 「じゃ、じゃあ行くよ……」


 「うん……」


 こうしてみてわかったことであるが、近藤さんの体調は俺が思っていたよりも悪そうだ。さっきドアを開けて俺たちを迎えてくれたときよりも呼吸が早く、肩の上下も大きくなっている。

 腕から伝わってくる近藤さんの体温は、俺が思っていたよりもずっと高かった。


 俺はなるべく身体に響かないようにと、ゆっくり近藤さんをベッドまで運んでいく。

 途中階段を登らなくてはならず、支える方もかなり神経を使ったが、何とか近藤さんの部屋にたどり着き、ベッドに寝かせてあげる。


 「――ふぅ。……近藤さん、着いたよ」


 「ありがとぉ……たかおかくぅん……」


 ベッドに横たわっている近藤さんは、さっきよりも呂律が回らなくなっている。これってだいぶ重症なんじゃ……?

 このまま突っ立っているのも、ここに来た意味がなくなってしまうし……。


 「こ、近藤さん……何かして欲しいことある?」


 熱がひどいなら、濡れタオルとか持ってくるし、風邪のときはあったかいものが身体に良いって聞くから、簡単なスープとかなら作れるかな……。

 そんなことを考えていると、近藤さんの口から衝撃的な言葉が出てきた。


 「――ぎゅぅ〜ってしてぇ……」

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