第61話 考え方

 近藤さんは廊下を出たところで待っていてくれたから、廊下をダッシュして追いかけるという小学生みたいなことはしなくて済みそうだ。

 俺と近藤さんは昇降口に向かって歩き始める。


 「――いやぁ、本当に疲れたね、今日は……」


 「そうだね……さっきなんて、すっごく大あくびしてたもんね、高岡くん」


 「えっ、マジ⁉ 近藤さん、それ見てたの⁉」


 「うん、ばっちりと」


 「うわぁ、マジかぁ、超恥ずかしいやつじゃんかよ……」


 「でも、わたしも……」


 両手で頭を抱える俺の横で、しかし、近藤さんも疲れていたのだろうか。そう言って近藤さんは隣で大きく伸びをする。


 「そ、そうだね……。いつもみたいな授業じゃなくて、先生のお説教も結構あったから余計に……」


 「うん……。わたし色んな科目で結構ケアレスミスとかしてて、それについてのお話が一番ぐさっときたかな。あはは……」


 一見すれば笑っているように見える近藤さんだが、明らかにテンションが笑っているときのそれではなく、本気で自分のミスについて気にしているようだった。

 だから、俺は少しでも近藤さんが元気になってほしい。励ましてあげたい。そう思った。


 「で、でも……。自分がミスしたところって、強烈な記憶として残るって言われているらしいよ。だから……もう一度似たような問題が出てきたときに同じミスをしなければ……それでいいんじゃないかな?」


 「そ、そうかな……?」

 

 さっきまで暗かった近藤さんの表情にいつもの明るさが段々と戻ってきた。


 「うん。それに、言い方はちょっとあれかもしれないけど、学校の試験って、所詮学校の試験なんだって、俺は思うんだ」


 「しょ、所詮……? それって……?」


 近藤さんは「何それどういうこと?」みたいな顔をしている。

 あっ……まずいなこれは。さっきのだと誤解されてもおかしくない言い回しだったかもしれない。


 「……ご、ごめん。結構きつい言い方になっちゃって……。えっと、つまり……俺たちが最終的な目標としているのは、『大学合格』なわけで。その……学校の試験っているのは、その予行練習みたいな意味だよって、そう言いたかったんだ」


 近藤さんは首をかしげながら、少しの間、俺の言葉の意味を咀嚼するように唸っていた。


 「……ま、まぁ、それもそうだけど……。でも、学校の試験を大事にしないと、それが入試につながるのかなって……わたしは思う」


 「そ、そうだね……そういう考え方も大事だと思うよ。うん……」


 なんとか訂正はできたけど、どうも俺の考えに近藤さんにはピンと来ていないみたいだった。


 でも、それはそれで構わない。やっぱり多様な考え方を尊重するのが現代社会で求められていることだし、それを一つの意見に統一しようなんてそんなのは傲慢なことであって。多様な考え方大事――ビバ・ダイバーシティ!

 ……いや、何を語ってるんだ俺は。


 そんなこんながあった後、俺と近藤さんは廊下を進んで行く。

 しかし、お互いの距離は人一人分くらい少しだけ離れていた。まるで、考え方の違いが具現化しているみたいに。


 ちょっと気まずい雰囲気を感じ、会話も途切れ途切れになる。

 しかし、そう思っていたのもつかの間、すぐに昇降口に辿り着いた。

 そのまま俺が上履きに手を掛けようとしたとき、


 「――これ見てよ、高岡くん!」


 「ん……?」


 近藤さんがある方向に指を指しながら俺に向かって手招きをしていた。近藤さんの指さす先を見る限り、どうやら掲示板に何かがあるみたいだ。

 

 放課後ということもあり、そこ――掲示板の前にはなかなかの人だかりができていた。

 普段なら絶対にそんなところ近づかないのが俺の主義なわけだが、近藤さんに呼ばれているとなればそんなことは関係なく音速レベルで飛んでいける気がする。

 ……どうも俺には近藤さんの前にプライドの四文字はないですね、はい。


 「……どうしたの?」


 「これ、学年の順位表だよ! もしかしたら高岡くんの名前があるかもしれないよ?」


 「そ、そうだね……見てみる?」


 「うん! そうしようよ!」


 ここに載っているかもしれないのは俺の名前なのに、近藤さんは俺よりも張り切って見ようとしている。

 近藤さんはその小さい身体を懸命に伸ばしながら前に進んで行く。

 そんな近藤さんの背中を見ながら、俺もこの暑苦しい人だかりを抜ける――すると、


 【七位 一組 高岡 伊織】


 「――あった! あったよ、高岡くん!」


 各学年の上位二十人の名前がそれぞれ連なっていて、その中に俺の名前があった。


 「おぉ、マジで載ってるわぁ……」


 「すごいなぁ高岡くんは……。いや、これはもう高岡先生、だね!」


 「ちょ、ちょっと近藤さん、それはやめてくれよ……」


 こんなに褒めてくれる人なんて、俺の周りには近藤さんくらいしかいないから、ちょっと照れ臭い感じがするな……。

 なにせ、褒められ耐性に関しては絶賛レベル上げ中ですから。


 あぁ、それにしても。マジで勉強しておいてよかったわぁ……。

 近藤さんみたいに「わぁい、やった~」みたいに喜びをああやって表現することはできないけど、それでも内心では結構うれしかったりした。

 だってクラスで一番を取って、学年でも十本の指に入ったのだから。

 それか、あまりにもうれしすぎて言葉すら出なかったのかもしれないな。


 「じゃあ、これからわからないことがあったら何でも高岡くんに聞いちゃおっと」


 「マ、マジですかぁ……」


 そんなテンプレな返答をしてしまったが、実際内心はまんざらでもなかった。

 それってつまり近藤さんと一緒に勉強するってことでしょ……。

 考えただけで………………………って、いかんいかん。

 そんな邪なことを考えるようになってしまった気の緩みを戒めるように頬をバシッと叩くと、近藤さんに声をかける。


 「じゃ、じゃあ勉強会はまた今度として……。今日は順位も見たし、そろそろ行こっか」


 「うん、そうだね。わたしもそろそろ部活始まっちゃう」


 腕時計を確認した近藤さんが慌てて荷物を肩にかける。


 「近藤さん、また明日……ばいばい」


 「高岡くんも、また明日ねっ」


 俺と近藤さんはまだまだ一向に減らない人ごみをかき分けるように進んで昇降口で靴に履き替えると、お互いがそれぞれの向かう方向に歩き出した。

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