第59話 視線

 「ん? んんんんん?」


 俺は目の前で起きていることの脳内の処理が追い付かず、思考が停止してしまった。

 俺が、クラス一位? マジで⁉

 これは夢なのではないか? そう思って頬をつねってみたり、目をこすってみるもが、やはり現実であることがわかる。


 「――高岡くんって、勉強もできたんだ……」


 近藤さんは、驚きと称賛のちょうど中間のような声でそう呟く。

 

 「あ、あはは……」


 俺は何て言葉を返したらいいのかわからず、ただただ苦笑いを浮かべるしか出来なかった。


 たしかに、体育祭の後にはすぐ中間試験があるということは頭に入っていた。

 体育祭の関係で思うように勉強が進まないということを想定して、ある程度は毎日の復習で済ませていたから、意外と試験前に慌てることはなかった。


 でも、それでも……。

 手ごたえはあったから、おそらく上位には入っているだろうとは思っていたけど、まさかこんなに順位がいいとは思ってなかったから、驚きが隠せない。


 中学でも高校に入ってからも、そこそこ上位には食い込むけど、それもある程度はたかが知れているくらいで、そんなに注目を集めるほどではなかった。


 しかし、今回はそうはいかない。

 だって、一位を取ったから。


 そりゃ……嬉しいよ? 勉強して、それが結果として表れたんだから。

 でも、でもね?

 順位って、クラスに公開されるんだよね?

 誰かが写真でも撮って流しちゃったら、それこそ全校生徒に知れ渡る可能性も無きにしも非ずなわけで……。


 俺みたいな陰キャ体質が――変に、と言ったらあれだが――注目を浴びることになるのは、精神衛生上非常によろしくない。

 冷や汗が首筋を伝っていくのを感じ、俺は一歩、また一歩と後退りする。なるべく目立たないように……。


 ――しかし、時すでに遅し。


 自分の順位を確認し終わって他の人の順位を見ていた生徒たちが、続々と俺の方を振り返り、好奇の視線を向け始める。


 「え、えっとぉ……」


 何とかして乗り切ろうとごまかしたつもりだったのだが、それは無駄だった。


 「すげぇじゃん。高岡くんってすげー勉強できんじゃん! マジすげー、なっ! すげーよマジで!」


 なぜか顔も名前も知らない男子生徒Aにものすごく褒められた。しかもド近距離で。やめろ、近い。つば飛ぶからやめろし。

 にしても、語彙力すげーなマジで、マジですげー。


 その男子生徒Aを筆頭に、次々と生徒たちが俺の周りに集まってきたと思ったら、気づいたときには俺を中心としてそれを野次馬が囲むという構図が完成してしまっていた。


 「高岡くんヤバいって!」


 「なんでそんなに勉強できるの?」


 「まあ、俺勉強しなかったからな~」


 「どんな勉強したらそんなにできるようになるの?」


 野次馬から次々と質問が投げられてくる。

 えーと……何かこの状況、デジャブなんだが。

 あのとき、体育祭のリレー前と同じ。


 「え、えっと……。特別な勉強は特にはしてなくて……。毎日の復習をしっかりしていればテスト前に急いで復習しなくても済むから……。それが大きいかな……」

 

 俺が返事をした途端、場の空気が急速に冷えていくのを感じた。何か嫌な予感がする。


 「えぇ~? それって部活やってる人は無理臭くね?」


 「毎日の復習とか、無理ゲーじゃん」


 「なんだよ、それって結局才能じゃんかよ。俺らみたいな凡才には無縁な話だわ」


 「え、えぇと……」


 おいおい、人に聞いておいてその返答はナンセンスじゃねぇか?

 それに、部活やっててもその日の復習くらいできると思うんだが……。


 無理ゲーとか、時間がないとか、才能とか、そんな簡単な言葉でまとめられたくない。

 それに、やってないからそんな風に言えるのであって、実践もしてない奴らにああだこうだ言われる筋合いなんてないぞマジで。


 きっと俺の返答に幻滅してしまったのだろう。徐々に野次馬が解かれていく。

 この前よりもしっかりと答えたはずなのにな……。

 過程は違えど目の前の結果は同じになってしまった。

 気がつくと、俺の前には近藤さんとそのお友達しか残っていなかった。


 「――た、高岡くん……」


 「こ、近藤さん……」


 「――わ、私っ、ちょっと用事思い出したから、あとはお二人で!」


 無言で見つめ合う(?)二人に何かを感じたのか、そのお友達はそう言葉を残して走って教室から飛び出して行ってしまった。

 

 変な気を遣わせてしまったのかもしれなくて、ちょっと申し訳ない気持ちにはなったが、二人で話せるのは、それはそれで嬉しいかも。


 「――え、えっと……近藤さんは、テストどうだった?」


 このままではいつも通り無言で見つめ合うことになってしまうと思ったから、その前に会話を繋げることができた。


 「わ、わたしは……二十位。ちょうど中間だったよ」


 「そ、そっか……」


 「わたし……今回は体育祭があったから、テストの結果が悪くてもしょうがないかなって思っていたんだけど……でも、高岡くんは、それでもちゃんといい点数を取れたんだよね」


 「う、うん……」


 「そっかぁ……」


 近藤さんは何かを考えこむ様子で、しばらく俺のことを凝視していた。

 そ、そんなに長く見つめられてると、恥ずかしくて視線を逸らしそうになっちゃうんだけど……。

 俺の忍耐が崩壊しかけたとき、口をつぐんでいた近藤さんが「うん」と頷いて口を開く。


 「――た、高岡くん」


 「は、はい……」


 近藤さんは真剣な眼差しで、俺にこう告げた。


 「――わたしに勉強を教えてもらえないかな?」

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