お見舞い
第58話 結果発表
――数日後。
俺が教室に足を踏み入れると、同時に妙な違和感を覚える。
いつもは耳を塞ぎたくなるくらいに喧騒に包まれている教室なのだが、今日はどういうわけかうるさく感じない。
それどころか、まだ朝だというのに最後の授業の終了10分前みたいな、どこかどんよりとした空気に包まれていた。
昨日までの変わりっぷりに、入る教室を間違えてしまったのかと、慌てて確認しに行ったが、やはりここが自分のクラスで間違いなかった。
おかしい。何かがおかしい。一体このクラスに何が起きてしまったんだ……?
すると、教室前方のドアがガラッと勢いよく開けられ、大きな紙のようなものを抱えた柳先生が入ってきた。
「さあ、席につけー。朝のホームルームを始めるぞー」
柳先生はそんな雰囲気に同調するかのように、やる気が感じられず、けだるそうな声で今日も教壇に立っていた。
教室にいる者たち一人一人に点呼がされていくが、その誰の返事にも精気が宿っているようには感じられなかった。まさに「心ここにあらず」みたいだった。
全員の出欠を取り終わると、柳先生は「さて」と一息ついてクラスを見渡す。
「……まあ、そんなに暗くならなくてもいいぞ。なぜなら、今さら落ち込んだところで試験結果はもう出ているんだからな。他の科目は私の知る限りではないが、この後に控えている授業でしっかりと反省するように」
「……あぁ、そういうことか」
今の先生の一言でこの妙な違和感がすっきりと解消された。
そう。何故こんなにクラスが重苦しい雰囲気なのかというと――今日は中間試験の結果発表の日だからである。
完全に忘れてました、はい。
我が桜浜高校は、県内では(一応)進学校という括りに入っているらしく、某有名大学に毎年多くの卒業生を輩出しているとか何とか……。
そうなれば、教師陣は後輩たちにもそれらをも求めてくるのはむしろ当たり前田のクラッカー的な流れでありまして……。
一つの学期に中間、期末の二回に渡って試験を行うことになっている。
まぁ、ここまでは大体どこの高校も同じだろう。
試験内容も、授業の復習を試験で問うのだが、これに関しても多分同じ。
しかし、問題はここからだ。
うちの高校は学力マウントを取りたいのかどうかよくわからないが、なぜか試験問題には必ず実力問題が出題される。それも、復習問題よりもウエイトがちょっと高めに設定されている。なんと鬼畜な!
しかし、俺たちみたいな一端の生徒がそうぼやいても先生たちの考えなんてものは変えることはできないまま試験は行われていく。
そのせいで科目によっては平均点が壊滅的なものになることもしばしば。そうなったら最後、返却の授業時には例外なく教師たちの逆鱗に触れることになる。
まったく、とんだとばっちりだぜ。
――今回も俺らは逆鱗に触れてしまったのか、それとも回避できたのか。どちらかわからずにいたからこんな雰囲気になっていた、というわけだ。
「――それでは、今からクラス内順位を黒板に掲示する」
「………………………」
クラスに緊張が走る。「ゴクリ」と、そんなつばを飲み込むような音さえ聞こえてきそうだった。
――ばさっ!
模造紙大の紙には、四十人分の名前がずらっーと並んでいる。遠目からだと誰が何位とかはよく見えないけど。
「それでは、これで朝のホームルームを終わりにする。この紙は基本的に今日一日掲示しておくことになっているから、不用意に外さないように」
そう言って柳先生は教室を後にした。
柳先生の姿が消えた途端、クラス中の生徒が黒板前にごった返し始める。
「ちょっと、私何位だった?」
「おぉ、よかった……赤点回避できた~」
「やった、あんたには勝ったわ! はいおごり決定!」
「うわっ、お前そんなに勉強できたのかよ。聞いてないって!」
そんな声が次々と聞こえてくる。
さっきの重苦しい雰囲気は一体どこへ行ってしまってんでしょうか……?
雰囲気のギャップが激しすぎてついて行くことすらままならない。
ちなみに、隣に座っていた近藤さんもそのうちの一人だった。
いつも休み時間に話している女の子と――おそらく自分の名前を指差しているのだろう――ニコニコしながら楽しそうにおしゃべりをしていた。
そんな姿を見ていると自分の順位が気になってしまうのは必然のことで……。俺は席を立つ。
ゆったりとした足取りで、順位表を囲む野次馬に近づいていく。
しかし、野次馬に紛れることは精神的に持たないとわかっている。
だから、少し離れたところで立ち止まり、自分の名前を下から順に探していく。
ない、ない、ない――。
すると、さっきまでワイワイしていた近藤さんの動きがピタリと止まり、ゆっくりと後ろ――俺の方を見る。そしてお互いの目が合う。
「――た、高岡くん……」
「……ん? ど、どうしたの?」
「どうしたって言われても……」
近藤さんはそう言って恐る恐る順位表の一番上――つまり、クラストップのところに指を向ける。
俺もそれに合わせて視線を向ける。
そこにあったのは――
「一位 高岡伊織」
――俺の名前だった。
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