第56話 部室棟
俺はいつもと違う気持ちで一日の学校生活を送っていた。
授業中もいつもみたいな眠気が来ることは一度もなく、終始シャッキっとしていた。
それを人は集中しているというのかもしれないが、今日のそれは集中とは少し違っていると思う。
なぜ俺がこんなに真面目な生徒になっているのかというと――。
――放課後。
俺は一人部室棟に向かって歩いていた。
もちろん放課後の部室棟には多くの生徒が向かっているわけで、一人であるていたとしても、必然的に誰かと同じタイミングで同じ方向に歩くことになるわけで。
その中にはクラスメイトであったり、名前は知らないが顔は見たことがある、そんな奴らも当然いる。
そういった人から見た俺は「部活に入っていないのに部室棟に向かっている不思議な奴」みたいに映っているかもしれないな。
そして部室棟からは、野球部やらサッカー部やら、いかにもな陽キャたちが俺の横を通り過ぎていく。
いや、準備早すぎかよ。お前らホームルームの時間から部室にいただろってレベルで早い。電光石火の如き早着替えだな。驚きを通り越して尊敬しちゃうよ。
俺とすれ違っていった一人一人の顔は、爽やかな汗を飛ばしながらスポーツドリンクをごくごく飲んでいる、そんな光景が似合いそうに見えた。
ああ、こいつらは部活で青春してるんだって感じているんだろうな。一目見てすぐにそう思った。
しばらく歩くと、【陸上部 男子】と書かれた看板が見えてくる。
そこの目の前に立って少し早まった鼓動を落ち着けるために深呼吸を数回する。
ノックして入るか、それとも、誰か来るまではここで突っ立っているか。どちらにするべきか迷ってキョロキョロしていると、後ろから声がかかる。
「あっ、高岡先輩だ!」
「お、おぉ……村井か……。マジで助かった」
落ち着いた心臓がまた跳ね上がりそうになったが、そこに立っていたのは村井だった。
「そ、そうですね……実は遠目から高岡先輩のこと見えてたんですけど、動きだけ見たらだいぶ不審者っぽかったですよ」
「そ、そんなに……?」
ど、どうしよう……。帰り道歩いてるだけで、地域の防犯メールとかに不審者情報として俺が載ってしまったら……。
なんて、まさかそんなことはありえないだろう、みたいなことを考えていると、俺の目線の先に本郷が小走りでこちらに向かってくるのが見えた。
「――おぉ、高岡くん、来てくれたんだね」
「ま、まぁ……」
「そっか、そっか……。まあ、こんなところで立ち話もなんだし、さあさあ、中に入ってよ」
そう言って本郷は俺の背中を押しながら部室へと招き入れる。
俺と本郷に続いて、村井も中に入る。
部室の中は思ったよりも狭くはなく、十人程度なら、結構余裕がありそうな広さだった。
「あ、あの……俺なんかが部室入っても大丈夫なんですか……? 誰か来たらヤバいことになりません?」
「ああ、そのことなら心配しなくて大丈夫。今日は練習休みでさ、この後は誰も来ないと思うからね」
「そ、そうなんですか……」
ぶっちゃけ、ここにいるときに知らない部員と鉢合わせて「え、誰ですか……?」ってガチトーンで言われた挙句、それ以降一言も話さずに終わるっていう悪魔のような想定をしていただけに、安堵感が半端ない。
俺の心配事がなくなったことが合図となったのか、本郷が話し始める。
「それじゃあ、話を聞かせてもらうよ、高岡くん」
「は、はい……」
ついにこのときが来てしまった。
でも、これは言わなくてはいけないこと。後回し後回しにしたところで、自分がどんどん言い出しづらくなるのは目に見えていることだから。
「単刀直入に言わせてもらいますね……」
その言葉に、本郷、村井ともにピシっと姿勢を整える。
そんなにかしこまられても、余計に言いにくくなるんだが……。
しかし、そんな二人には申し訳ないが、俺は心に決めた言葉を口にする。
「――すいませんが、入部はしないということでお願いします」
「えっ⁉」「……………」
本郷は驚愕の表情を見せる一方で、村井は何か納得したような、それでいてしんみりとうつむいたまま黙っている。とても対照的な反応だった。
「ど、どうして……あんなに速ければ、県で上位……いや、全国だって狙えると思うんだけど」
「そんなに褒めてもらえるのはうれしいです……。でも、この決断はもう変えないですし、変えられないんです」
「それでも入部しない理由が……高岡くんにはあるの?」
本郷が意外と鋭い質問をしてきて内心ちょっと焦ったけど、努めて表情には出さないようにした。
「ない……といったら嘘になりますが……。すいません、詳しくは言えません」
「そ、そっかぁ。残念だな……」
露骨にうなだれる本郷を見てしまうと、一瞬、「やっぱり今のは冗談で」なんて言いたくなった。
でも、それは言葉にはしない。だって、それを口にしたら、昨日の村井や近藤さんの言葉が無駄になってしまうから。
自分のことを他人に全て任せるのではなく、自分は自分をどうしたいのか。自分はどう思っているのか。自分の意思はどうなのか。
――それらを自問自答して出た結果が、「断る」ということだった。
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