第54話 着信

 「う~~~~~~ん……」


 さっき来た村井からのメッセージで、俺のダイヤモンドより硬い意思(誇張)に亀裂が入ってしまった。


 最初に入らないとは言ったけど、村井はそれを知った上であの文章を送ってきた。

 これは相当の覚悟と勇気がなければできるようなことではないだろう。

 きっと、村井自身も、メッセージを送る数分の間で大きな葛藤に直面していたと思う。


 どうしようどうしようどうしよう………………。

 一人ベッド上で唸っていると、手元に置いていた携帯が振動し始める。

 また村井からかな? と思っていたけど、その通知音はメッセージにしては長かった。


 俺はベッドから起きて携帯を確認すると、そのディスプレイには【ゆい 着信】と表示されていた。


 「ん、んんん……⁉」


 あまりにも突然の出来事過ぎて、一体今目の前で何が起こっているのかの正常な判断ができないでいた。


 ――一旦落ち着こう。

 ええと、メッセージじゃなくて、着信?

 誰から? 近藤さんから? 村井からじゃなくて?


 とりあえず状況は読めたが……。

 一体どうしたんだろう……。

 とにかく、このまま無視するのは違うと思うな……。俺は緊張で震える手を押さえながら応答ボタンをタップする。


 「……も、もしもし?」


 「――あ、よかった……こんばんは、高岡くん」


 「こ、こんばんは……近藤さん」


 「あ、そうだ。急にかけてごめんね……今は電話だいじょうぶ?」


 「え、あ、うん……大丈夫だよ」


 何だろう……。こんな時間に、近藤さんから俺に……?

 少しの会話をしているときも、近藤さんからの電話の理由が気になって、自分でも何をどう答えたのかはうろ覚えとなっていたと思う。


 「――ええと、近藤さん、急に電話なんて……何かあった?」


 「えっ……何かあった……というよりかは、高岡くんが心配で……」


 「……俺が⁉」


 自分でも変な声を出していたことがわかるほどに上ずっていたと思う。

 だって、正直に言って俺に思い当たる節が見つからなかったから。


 「こんなこと聞くのもあれだけど……俺に何かあった?」


 「えっと……今日の放課後。高岡くん、教室の前で誰かと話してなかった?」


 「え……? う、うん……」


 「そのときに、「陸上部に入部する」とか言う言葉が聞こえてきちゃって……それで」


 「あぁ、なるほど……」


 どうやら、近藤さんはさっきの俺と本郷と村井の会話を聞いていたらしい。

 そりゃ、放課後の廊下で立ち話なんてしていたら、当事者以外の耳に話し声が聞こえても何も不思議なことではないな。

 そうなれば、近藤さんがこれから俺に何を聞こうと電話をしてきたのかも少しずつわかってくる。


 「高岡くん……どうするの?」


 その声からは、話題の核心部分を避けるかのような慎重さが感じ取れた。


 「そう、それなんだよね……」


 俺と近藤さんはお互いに「何を」と聞くことはないが、頭の中に思い浮かべていることはきっと同じことだから、あえてそれを口に出す必要もなかった。

 まるで、暗黙の了解的な何かで意思疎通がとれているみたいに。


 それに、それを言葉にしてしまうことで、俺の中のトラウマが再燃するかもしれない。それを当の俺だけでなく、近藤さんもきっと理解してくれているから。


 「……明日までに返事することになってて、今ちょうど悩んでたところだった」


 「そっかぁ……」


 電話越しに近藤さんの一息ついた息遣いが伝わってきて、ドキッとする。

 よく考えると、これって耳元でささやかれているのと実質的に同じじゃない?

 え、マジで超至近距離でお互い話してるってこと⁉


 そんな考えがふと頭をよぎった瞬間、全身から汗が噴き出てくるし、心臓の鼓動も爆速していく。

 電話越しに聞こえたらどうしよう……心なしか、呼吸も浅くなってきている気がする。


 「――ん? 高岡くん、どうしたの?」


 「え⁉ いや……な、何でもないよ! た、ただ俺の部屋が少し暑くてさ……」


 と、まあごまかしてみたはいいけど、そう簡単に生理現象を押さえることなんてできないよね……。

 しばらく終始無言状態になる。

 そんな状況も発汗や鼓動に拍車をかけてくるのだったが――。


 「――あ、あのさ」


 そんな近藤さんの言葉が耳に届く。


 「そ、その……。押しつけがましいかもしれないんだけど……。わたしなんかでよかったら……高岡くんが困ってることの相談に乗りたい……なって」


 「――っ!」


 俺は以前保健室で近藤さんと交わした約束を思い出す。

 たしかあれは俺が近藤さんの相談に乗るというものだったと思うんだけど……。

 まさか、またまた俺の相談事になってしまうとは……。俺ばっかり相談していいのかな、と一瞬思ったりもした。


 ただ俺はそこで思いとどまった。

 別にお互いが同じ量のことをする、もしくはしてもらわなければいけない、というわけでは決してない。


 むしろ、二人でバランスよくすることが大事なんだ。それを片方がもう片方に頼りっぱなしとか、そんな簡単な言葉で片づけてしまう方がもっと軽薄なことではないだろうか。


 だから、近藤さんが親切にも相談に乗ってくれるというのなら、ありがたくお願いしてもいいんじゃないのか?


 「ありがとう、近藤さん……じゃあ、相談に乗ってくれるかな――」

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