第53話 揺らぎ

 ――数時間後、自室にて。


 「ふぅ……疲れたぁ……」


 いつものように(かどうかはわからないが)勉強を終わらせると、俺はそのままベッドにダイブする。


 今日もあとは寝るだけ……とはいかない。

 なぜなら、陸上部の件が未解決だからだ。

 入るにしろ、入らないにしろ、今日中には白黒つけないといけない……というか、明日に引き延ばしたら、入部確定だもんな……。

 人に勝手に決められるのだけは勘弁ならんし。


 そう思った俺はラインを開くと、新しい友達欄の【Rin】と表示されている村井のアカウントをタップしてトークルームを開く。


 [今時間いいか?]


 俺がそう送ると、ものの数秒で既読がつく。


 [はい! 全然大丈夫ですよ!]


 返信の文章とともに、OKマークのスタンプまで付いてくる。


 [よかった]


 [そうですね……。私がこんなこと聞くのもあれですけど、先輩はやっぱり入らないんですか?]


 「っ……」


 村井と言えば村井らしいと言えるのだが、ここまでド直球でド真ん中に来ると、逆に清々しくまで感じてしまうな。


 [そうだな。今のところっていうか、最初から入らないつもりではいた]


 [そうですか……]


 と、今まで送信したら即返信がくるような、軽快なリズムで会話が続いていたが、ここで少し間が空く。まるで、俺と村井が今考えていることの違いを可視化するような、そんな間が。


 [私、先輩が倒れてから部活を辞めて、それで先輩がいなくなった後の部の内情を一番よく見てきたと思うんですよ]


 [おう]


 急に昔のことを掘り出してくるなんて、一体どうしたんだろうか。

 俺はとりあえず、村井に先に進むよう促した。


 [私、あの後部長になったんですよ]


 [へぇ、そうだったのか。知らなかったわ]


 なるほど、だから、「部の内情を一番見てきた」って言えるのか。

 ……そういえば、中学の表彰でも何度か見かけたような気もしなくもない。


 [まあ、俺という標的もいなくなったし、村井が部長なら部は再建できたのか?]


 [どうですかね……。一応高岡先輩みたいな悪質なものとか、表面的なものはなくなったと思いますけど、裏まではさすがに……]


 そりゃそうだ。裏のことまでなんて誰がやったところでたかが知れている。表面的なものまでをなくせただけでも俺はすごいと思う。

 ただ、俺は少し引っ掛かりを覚える。


 [あのさ、村井]


 [はい、何ですか?]


 [今の話を聞いて、改めてお前のことをすげぇって思ったけど、それって今の俺の入部するしないと何か関係あるのか?]


 至極当然の疑問である。

 何かいつの間にかにしれっと話題転換されていて、気がついたら入部する言質を取られてしまうのかと思ってしまった。

 まあ、村井に限ってそんな卑怯な真似はしないと思うが。


 [そうですね。関係ないと言えば関係ないと思いますが、間接的には関係あるんじゃないかな……と思います]


 ……? どういうこと? 関係ないけど、関係ある?


 [ごめん、何を言ってるのかよくわからないんだが]


 [うーん、正直自分でも何言ってんだろって絶賛思ってるんですよね笑笑]


 [あー、でも]


 [これだけは言えると思います]


 [私は]


 俺が突っ込みでも入れてやろうかと、文字を入力していると、立て続けに短文が送られてくる。文字打つの早すぎだろ。

 これだけ急いでいる感じがあると、何かこの後に大事なことがあるんじゃないかって思って自分の入力を躊躇ってしまう。


 ………………。

 ………。


 それから数分の間、村井からのメッセージが途絶えた。こうして携帯を握って待ってるのも過ぎゆくときの流れが遅くなっているように感じたから、俺は携帯をベッドに放り投げて明日の支度を始めた。


 それからまた数分後。ベッドから通知音が鳴った。

 手を伸ばして確認してみると、村井からの文章が――いままでよりもだいぶ……というかめちゃくちゃ長文が送られてきた。


 [私は、先輩がいなくなった部を見て一番思ったのが、先輩がいなくなった後の部には決定的な何かが不足している、そんな違和感が残っているなっていうことです。

 たしかに、当時は先輩は色々な人たちに陰口を言われてしまったのは事実ですし、陰口を言っていて人たちも先輩に敵意みたいのがあったのも事実です。

 でも、先輩がいなくなった後は、何か大事なものが一部分だけ抜けてしまった、みたいな雰囲気になってしまったんです。私はそんな中で部活をしていました。

 だから、結局何かを成し遂げられたわけでもなく、ただ漠然と無機質な時間だけを過ごしてしまいました。正直に言って今もそんな感じです。 

 だから、といってはなんですが、たぶん、私は高岡先輩と一緒に部活をしていることがそれを解決してくれるんじゃないかなって思うんです。理由なんてありません。ただ、何となくそう思うだけですけど……。

 過去のことがあるのは知ってます。とても苦しんだのも知ってます。でも、それでも、公園で練習している先輩の姿とか、体育祭であんなに活躍する先輩の姿を見ちゃったら、それはもうそう思うっちゃうのも当たり前じゃないですか。

 高岡先輩。私と一緒に陸上、もう一度やってくれませんか?]


 …………………………。

 俺は何度も村井からの文章を読み返す。

 途中、公園で練習している俺のことを見たってあるけど……。俺全然気づかなかったよ?


 これを見て、色々と思うところは無きにしも非ずだけど……。

 一番この文章で伝わってくるのは、「村井は本気で言っている」ということだ。

 いつもみたいな浮ついた感じは一切ない、まるで別人が書いたのかなって思うくらいに。でもこれは紛れもなく村井から送られてきた、村井本人の文章だ。


 俺は自分の決意に揺らぎが生じるのを確かに感じた。

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