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第50話 危惧の現実化

 俺はいつも通り学校に来て、一通り授業を受けて……。何とも変わりない一日を過ごしていた。

 強いてあげるとしたら、休み時間とかに少し近藤さんとお話するようになったくらいだろうか。

 それくらい俺の日課は決まっていて、もはや一日の過ごし方がルーティーン化されてるんじゃないかってくらいに思えてくる。


 華の(?)高校生、高岡伊織。なんの代わり映えのない日々を送っております。皆さんはいかがお過ごしでしょうか……。


 ――閑話休題。


 とにかく、俺は帰りのホームルームが終わるのと同時に速攻で帰ろうと、そそくさ鞄に荷物を詰め始めた。しかし、そこである異変に気づく。


 「……………?」


 まだ他のクラスもホームルームをやっていてもおかしくない時間であるのにもかかわらず、何だか廊下がやけに騒がしい。


 柳先生もそのことに気づいたようで、相変わらずの鋭利な視線を廊下に向けていた。

 あれで何人の人々がやられてきたのか……。それを思うだけで胸が張り裂けそうになる。


 まあ、有象無象の喧騒なんて、スルーが定石。俺には関係のない話だからな。

 俺の鍛えられたステルス性能はどんなセンサーすらもかわしてしまう優れものだからな。


 「近藤さん、部活頑張ってね。また明日……ばいばい」


 「あ、うん……。高岡くんも、気を付けてね。……ばいばい」


 俺は近藤さんんと一言二言言葉を交わして教室を後にする。

 そして教室から一歩廊下に足を踏み入れた途端、さっきの有象無象の視線が一斉に俺に向けられる。

 ……あ、あれ? とても、とても嫌な予感がする。


 「――君が高岡伊織くんだね」


 「――っ!」


 俺の自慢のステルス性能が少しも活かされることなく、無情にも包囲網に引っ掛かってしまった。

 ここで「イヤホンしてて聞こえませんでした戦法」で無視を決め込むのも選択肢の一つであったが……。

 しかし、声をかけられた時点でイヤホンは鞄の中。今からイヤホンを取り出して……っていうのはさすがに無理があり過ぎる。


 つまり、この作戦は使えないということだ。

 俺は観念して恐る恐る後ろを振り向く。


 「え、えっと……あなたたちは……」


 そこに立っていたのは見知らぬ男子三人で、何ともいえないむさ苦しい感じが漂っていた。

 その中の内の一人の男子が一歩俺に詰め寄ってくる。


 「自己紹介が遅れていたね……。僕は陸上部二年の本郷泰樹だ。一応二年生の取りまとめ役を担っているんだ。よろしくね」


 「は、はい……こちらこそよろしくお願いします」


 冷や汗が首筋を伝ってきて、何とも気持ち悪い。


 「本郷さん、でしたっけ……。あの、それで、陸上部の方が俺なんかに何の用でしょうか……」


 何となく彼らの言いたいことは想像に難くないが、それでも一応とぼけてみることにした。

 本郷という男子生徒は目を輝かせながら俺にまた一歩近づいてくる。


 「今日来たのは他でもないんだ。高岡くん、ぜひとも我が陸上部に入部してくれないかな?」


 「………………」


 あぁ、やはり……やはりだったか。

 あの体育祭をきっかけに、何かが変わってきている。明らかに何かが。

 そこで、いつか言われた達也の言葉が脳裏によぎる。


 ――お前の名前がネット上に拡散されてるってことだ。


 ――お前の過去の活躍を知ってる奴らがこれを見たら……どうなると思う?


 達也の言っていたことが現実になっているこの状況。俺にとっては結構ヤバいのでは?

 まあ、でも、中学日本記録保持者がこの学校にいて、しかも帰宅部となれば、陸上部からしたら是が非でも入部させたいと思うだろう。


 だが、俺はそうやすやすと話に乗ることできない。なぜなら、あの忌まわしい過去がまだ俺に付き纏っているからだ。

 あのことがなければ、きっと高校でも陸上を続けていただろう。それは十中八九間違いない。

 全ての元凶は……うん、もう言わずもがなだろう。


 俺は最後に一つだけ聞いておきたいことを本郷に尋ねた。


 「――あの……俺の名前を、どうやって知ったんですか?」


 「あぁ、それはね……この動画だよ」


 そう言って本郷はスマホの画面を見せてきた。

 それは、あのとき達也が見せてくれたものと同じものだった。

 やはり、あの動画はもう既に各方面に拡散されているみたいだ。それもそうか。プチバズリしてしまったのだから。


 いくら投稿されたものを削除できたとして、今のこの情報化社会において、完全に消去することはもはや不可能といえる。むしろ、これ以外に俺の名前を知る方法は、今現在ではないだろう。

 

 「――それと……」


 本郷はなぜか後ろを気にする素振りを見せ始める。


 「この動画だけじゃ名前まではわからなかったんだけどね……うちの部の後輩に君の名前を知っている人がいてね……。もうそろそろ来るはずなんだけどね……」


 「えっ⁉」


 俺は思わず大きな声を出していた。

 だって、それって……。俺の名前を知っている後輩となると、もう同じ中学、それも同じ陸上部だった可能性が非常に高い。

 まさか竹下先輩の他にも……。


 俺が記憶を巡らせていたが、本郷の声でそれが遮断された。


 「――あぁ、やっと来た……遅いよぉ、結構待ったよ」


 そう言って手招きをする本郷。その先には――。


 「はぁ、はぁ……。いやぁ、ちょっとホームルームが長引いちゃってですね……すいません、本郷先輩。それと――」


 そう言って走ってきた彼女は少し荒れた呼吸を整えると、髪を耳にかけ直すして改めてこちらに視線を送る。


 「――久しぶりです。高岡先輩」

 

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