第48話 尋問と忠告

 晃さんが作業場に戻ると、またBGMがゆったりと聞こえてくる。コーヒーの香りも鼻腔をくすぐる。

 いつものせわしない日常から解放されて心地いい気分を味わっていると、それをぶち壊すような一言が達也の口から飛び出してきた。


 「――さあ、落ち着いたところだし、話してもらおうじゃないか」


 「――うっ!」


  思わずむせてしまった。慌てて水を飲む。


 「……びっくりさせるなよ達也」


 「あははっ……。だって今日ここに来たのはそれが目的じゃん」


 「ソ、ソウダッタカナ……?」


  少しとぼけてみる。がしかし、達也には一切の表情の変化も見られない。


 「俺は忘れてないから。伊織と晃さんが話してるときもずーっとそのことを考えていたからね」


 「うっ……」


 こいつ、なかなかやるじゃいか……。

 っていうか、あんなに良い話だったのに、それそっちのけで他のことを考えているなんて、もったいない奴だなほんと……。


 「ま、まあ仕方ないな。約束だし……」


 腹をくくって、俺は達也からの質問を待つ。


 「――さっきの子が伊織の彼女ねぇ……」


 達也は開口一番、妙にねっとりしたような口調でそう問うてきた。


 「お、おう。そうだけど……」


 「ふーん……それで? いつから付き合ってるの?」


 「え、えっと……体育祭が終わった後から」


 「うわー、出来立てホヤホヤじゃんかよ!」


 達也は嬉しそうに目をキラキラさせている。


 「わ、悪いかよ……」


 「いやぁ、悪いなんて一言も言ってないよ。ただ、何て言うか、あんなに初々しいかったから、めちゃめちゃ気になっててさ」


 達也はコーヒーカップに口を付けて「ふうっ」と一息つける。


 「でもやっぱり、お前らって仲が……いや、何でもない」


 「……?」


 何か達也の歯切れが悪かったような……。


 「――って、今お前もしかして俺らのことまた中学生カップルとか言ってバカにしようとしたな?」


 「ははは、バレた?」


 「ったり前だ。くそ……ちょーっと彼女いる歴が長いからって調子に乗りやがって……」


 べ、別に達也の彼女いる歴が俺よりも長いことが羨ましいなんて、そんなことないんだからねっ!


 「ごめんごめんって……」


 達也は絶対に謝る気ゼロな感じで謝ってきた。だって顔笑ってるし。まあ、でも達也はこういう奴だったな。


 「はぁ……まあいいよ別に。それは事実なんだし……」


 「そっか、ありがとう」


 相変わらずのニヤニヤ顔。これを素でやってるところが憎めないところでもある。

 達也は残りのコーヒーをぐびっと飲み干すと、追撃を仕掛けてくる。


 「それで……? もう手は繋いだ?」


 「――はっ?」


 こいつ、何言ってんの?

 俺だぞ。彼女いない歴=年齢の俺だぞ。初めて彼女ができたはいいけど、手をつなぐ以前に、会話すらまともにできないんだぞ。


 「た、達也……。俺はな、彼女ができるということがよくわかっていなんだ。だからな、やっぱり、一緒に同じ時間を過ごすことによって、ゆっくりとそれを感じて、知っていこうと思っているんだよ……。だからな――ってあれ?」


 俺が今まで構築してきた崇高な恋愛論を語っていると、達也の見たこともないジト目が視界に入ってくる。


 「伊織……」


 「伊織くん……」


 なんかいつの間にか晃さんも戻ってきていた。俺は視線を達也と晃さん交互に向ける。


 「え、あれ? 俺、何か変なこと言いましたかね……?」


 今の俺の発言のどこに問題があったのか、全く見当がつかない。


 「はぁ……、これだから童貞は……」


 「ど、童貞ってお前……」


 俺は「ちょっとその日本語の使い方合ってますか」って突っ込みたくなったが、その前に達也は頭を抱えてため息をついてうなだれてしまった。


 「まず、『ゆっくり、徐々にやっていこう』なんてそんな甘くなんだよ、恋愛ってのは」


 「……ほ、ほう。その根拠は?」


 「――俺の経験則」


 「お、おう……」


 なかなかリアルなやつが来た。大体こいつの場合はネット記事とかの受け売りが本とんどだから、適当に聞き流すのもありかなと思ってたけど……。経験則って超参考級じゃないか。


 「あれはたしか、俺の六人目の彼女の……亜香里ちゃんだったかな……」


 達也は在りし日を思い起こしながら記憶を掘り返しているんだろう――いや、ちょっと待て。六人目ってなんだよ六人目って。

 それはモテるといったらよく聞こえるけど、つまりそれだけ長続きしていないってことじゃないのか?

 大丈夫かな……。マジで心配になってきたんだが。


 「それで? その亜香里ちゃんと何があったんだよ」


 「いやね、亜香里ちゃんってばすごく物静かな性格でさ。なんか俺もどうしていいかわからなくなっちゃって」


 「へぇ、恋愛マスターのお前でさえもわからないことなんてあるんだな」


 「ま、まぁね。……それで、とりあえずいつも亜香里ちゃんのペースに合わせてたんだよ」


 「うんうん……」


 「――そしたら、いつの間にか二股掛けられてた」


 「うんうん……っておいぃぃぃぃい!」


 思わず声を大きくしてしまった。……深呼吸、深呼吸……。


 「……んで? それとこれと、どういう関係が?」


 達也の昔話を聞いたけど、いまいちピンと来ない。


 「はっ? 俺がここまで古傷をえぐりながら話してたっていうのに……」


 達也はがっくりと肩を落とし、そのまま机に突っ伏してしまった。


 「え、えっと……た、達也くん?」


 俺は達也を起こそうと、手を伸ばすと、


 「――あぁもう、だからっ」


 急に状態を起こし、俺の肩をガシッと掴み、揺さぶり始めた。


 「いつまでもゆっくりしてたり、徐々に徐々になんて思って油断してると、女の子はあっという間に愛想尽かして他の男のところに言っちゃうってことだよ……わかった?」


 「は、はい……とてもよくわかりました……達也さん」


 達也がこんなに感情を出すなんて結構レアだから、少しびっくりしてしまった。

 ……でも、達也の言いたいことは十分過ぎるほど伝わってきた。


 ――油断してると、あっという間に愛想尽かされる。


 付き合ったばっかりなんだし、お互いのことをゆっくり知っていけばいいじゃんって思っていたから、実際にそんなことなんてあるかよって甘く見ていたのかもしれない。


 ってか、その亜香里ちゃんって子、おとなしい割にはやってること結構エグイなおい……。

 もしかして、女の子ってみんなそうなの? どうなの? え、俺、めっちゃ心配になってきたんだけど!

 現代の女の子の恋愛事情の一端を垣間見た気がして、俺は恐れおののくしかなかった。

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