第39話 気分は乱高下
そんな朝のドタバタがあったものの、俺はなんとかいつもの時間に家を出ることができた。
学校への道中、俺は鼻歌交じりに自転車を漕いでいた。
顔の爽快感半端ないってもぉ!
アイツ半端ないって!
五月の朝の、まだ涼しげが少し残った風が、ペダルを踏んで自転車が進むたびに顔に吹き付けてくる。
洗顔料のことで美咲に怒られ、さらにそれはどこかに隠されてしまったようだけど、顔の爽快感なら残っている。
学校に着いて、いつもなら今日も学校が始まるのかと、気分も身体も重くなるのに、今日の俺は颯爽とした足取りで教室に向かう。
ガラリと教室のドアを開けて入ると、そこは相変わらずの喧騒に包まれていた。朝から元気過ぎかよ、あなたたち。
気分はノリノリでも、あまりのうるささに、やはり学校というものが陽キャの巣窟と化していることをまじまじと感じられる。
俺はまっすぐ自分の席に向かったのだが――。
その視界に近藤さんが映った。
少し緊張してしまったが、俺は彼女に声をかける。
「お、おはよう、近藤さん……」
「あ……お、おはよう高岡くん」
「……うん」
………………。
あれっ。そのあとの会話が出てこない!
ちなみに、俺は昨晩、清潔感とかのサイトも網羅したが、それに加え、『彼女との会話を成功させる、かんたんな方法5選♪』とかももちろん見ていた。
……………やること中学生かよ。
「え、えっと……。今日もいい天気だね……」
とりあえず話題を作ろうとして思いつくフレーズ堂々の1位だよね、きっと。
でも、そんな話題なんて誰も求めていないし、何なら当の俺ですらそれを言ってどうこうなんてさっぱり考えていなんだけどね。
「えっ……。そ、そうだね。そろそろ朝練やってるときも暑いかなって思うようになってきたんだよ……」
そんなどうでもよくてスルーしてもいいんだよっていうことにも反応してくれるなんて……。近藤さんはやっぱり天使だ。
それに、「暑いね」って言ってYシャツをパタパタしたり、首筋を伝う汗なんかも見えて、俺の心臓は朝っぱらから大忙しだ。
「あ、えっと………。あ、あれ? どうしたの高岡くん?」
近藤さんが不思議そうな視線を向けてくる。
ま、まずい!
俺がずっと見てしまっていたのが、バレてしまったか⁉
そう思って、身構えたが、帰ってきた言葉は意外なものだった。
「なんか、こう……イメチェン? 昨日と比べて雰囲気が……ぜんぜん違う気がするなって思うんだけど………」
――あ、そうだった。
近藤さんの姿を見つけて完全に忘れてた。
俺、今日紆余曲折があったが、オサレしてきたんだった。
それに、そもそもちょっとオサレしたのは、近藤さんに見てもらうためだったんだわ。
それなのに、近藤さんと目が合っただけで忘れるとか、本末転倒かよ。
「だ、だろ? 付き合い始めたんだし、ちょっとはカッコよく見えるかな~って思ってさ。……ははは」
「………そ、そんなぁ……。べ、別に、高岡くんはそのままでもかっこいいと思う……よ」
ずっきゅゅゅゅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーん‼
え、何?何が起きたの?
え、え、え、え?
完全に意表を突く(本当はめっちゃ期待してた)一言に、さっきまで爽快感溢れるクールな顔に一気に熱が帯び始める。
「それに」と近藤さんはは続ける。
今度は何を言ってくれるんだろう。俺はすっかり調子に乗ってしまい、また褒めてくれるのかな、なんて考えていた。
「高岡くん……もしかして今日ワックス付けてる?」
「あ、気づいた? うん、実は……ちょっとだけ」
さすが近藤さん。ご明察。
実を言うと、あの後、俺は父さんのと思われるワックスもちょっとだけ拝借していた。……懲りねぇな、おい。
だが、次の瞬間、近藤さんはとんでもないことを口にする。
「……あれ? ワックスってたしか、校則的にアウトじゃなかったっけ?」
…………………………へ?
全身が急速に冷えていくのを感じた。
体温の変化が乱高下しすぎて寒暖差アレルギーになってしまう。
うそ、だろ………………………?
俺は恐る恐る生徒手帳を開く。するとそこには――
【桜浜高校校則第〇条 整髪料の使用は、これを禁ずる】
…………………おっふ。
――整髪料の使用は禁止である。
――ワックスは整髪料に該当する。
――つまり、ワックスの使用は校則第〇条に反する。
――はい、三段論法。
「え、でもさ近藤さん。これってバレなきゃいいよ――」
「――高岡、この後職員室まで来るように」
「――っ⁉」
柳先生の低く、鋭い声がする。
前を向くと、そこにはいつの間にか担任の柳先生が教壇に立っていた。
いや、いつ来たんだよ。全く気付かなかったわ。
あの人なんなん? 気配なさすぎるとか、忍者か何かやってるの?
「なんで呼ばれたか……わかってるよな?」
あ、あれ?
「あ~あ高岡くん、呼び出しされちゃったね……ふふふっ」
近藤さんは笑ってるけど………。
冗談じゃないよ。
柳先生の言葉に、クラスメイトは一斉に俺の方を見るが、みんなよくわかっていないようで、キョトンとした顔をしている。
まあ、ほんとに少量のワックスだったから、気づく人なんてそうそういないと思う。
それに、全校生徒の中でワックス付けてない人を見つける方が難しいくらいに形骸化している校則だから、ぶっちゃけ教師も黙認しているもんだと思ってた。
それにしてもよくわかったなあの人。誰よりも遠いところにいるのに………。
……………………え、何?
あの人、俺のこと見過ぎじゃない?
もしかして、俺のこと好きなの?
遠くから俺のワックスに気づくほど凝視してるなんて、そりゃあもう好きって言っているようなもんじゃないですか?
え~、も~仕方ないなぁ…………。
先生みたいな人は………………………ダメで~す。
いやね、俺もとぉぉぉぉぉっっても嬉しいんですけど………。
俺、彼女いるんですよね~。
しかも、近藤結衣ちゃんっていう超絶かわいい彼女が。
残念でした~。
諦めて他の人見つけてくださいね~。
早くいい旦那さんが見つかるといいですね~~~。
俺は心の中で柳先生をめちゃくちゃディスった。
呼び出しに対する反抗心も込めて。
――はい、めっちゃ怒られました。
柳先生、なんかいつもよりも怖かったんですけど。
なんかワックスに対する説教のレベルを超えていた気がする。
怖過ぎてちびったわ…………。
もしかして、俺の煽り、バレてた?
現国の先生って心情読み取るのに長けてる感じするけど、人の内心まで読めちゃうの?
何なの? エスパーなの? この人も?
俺の周りにはエスパーが多い気がするんだが。
……………………………嘘です。言い過ぎました。反省してます。ごめんなさい。
今日は朝から妹にボロカスに言われ、学校では柳先生にめちゃくちゃ怒られた。
まったく………………………なんて日だ‼
俺はこの世の理不尽というもの一角を見たような気がした。
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