第40話 プチバズりの是非
週明けの火曜日。
いつもよりはやく目が覚めた俺は、始業の二十分前に学校に着いたものの、特にやることもなく、あくびを噛み殺しながら席に突っ伏していた。
土曜日は体育祭の片付けで登校だったから、月曜日が振替休日だったから、昨日は一日中ゴロゴロしてダラダラしていた。
何もしなさ過ぎて、今朝から頭痛がする。もはや頭痛が痛いレベル。
数分おきにあくびも出るし、体調的にはかなり良くない。
俺は教室前方に掛かっている時計の秒針をなんの意味のなく、ただじっと見ていた。その針が動くたびに頭の脈がドクンドクン響いてくる。ああ、まじでだるぅ……。
すると、教室後方のドアがガラッと開き、足音が俺の方に近づいてくる。
そして俺の目の前でその足音は止まった。
「――おぉ、体育祭のヒーローはお眠かな?」
「……⁉」
俺が顔を上げると、そこに立っていたのは――宮下達也だった。
達也は俺の中学からの同級生。去年同じクラスで、唯一俺が友達ということができる奴、いわゆる親友である。
「た、達也か。久しぶりだな」
「そうだな。高一の終業式以来だから……ざっと二ヶ月ぶりくらいか?」
「ああ、そうなるな」
二カ月ぶりの再会に、少しこみ上げるものが……特にない。
唯一の友達と久しぶりに会ったっていってもさ、まず同じ高校だから、会おうと思えば会うことだってできる。
そりゃ、遠い町に引っ越した友達が急に目の前に現れたとなったら話は変わってくるが……。
目の前でニコニコしている達也を見ていても、そんな気はまったくといっていいほど起こらない。ていうか、それで変な気が起きたら、それはそれで案件だろ。
「ってか、なんだよ体育祭のヒーローって」
正直、達也にどうこうとかいう前に、その単語がどうも気になっていた。
「いーや? 伊織はヒーローだよ」
「は? 言ってる意味がこれっぽっちも理解できなんだが」
「そっか……」
達也はフムフムと顎に手を当てながら俺のことを見つめる。
「そうだね……伊織は知らないと思うけど、あのリレーのあと、あいつだれっ? みたいに少し話題になってたよ」
「げっ! まじか!」
「うん、まじ」
「……」
「っていうか、あれだけのことをしておいて注目されないほうおかしいと思うな」
「っ……」
た、たしかに……。こいつの言ってる通りかもしれない。
達也は少し頬を緩めながら、落ち着いた様子で話している。
そんな達也を見ているとふと思う。
ぶっちゃけ、こいつは自他共に認めるイケメンで、女の子からのアプローチが中学のときから絶えない。いわゆる陽キャ。
こいつみたいな陽キャと仲良くできているのは、正直中学からの同級生っていうことだけ。それじゃなかったら、こんな爽やか系イケメンとなんて一緒にはれないだろうし、そもそも一緒にいようとなんて思わないさ。
「――あ、そうだ」
俺の思考が途切れるのとほぼ同時に、達也は何か思いついたようにスマホを操作する。そして達也のスマホの画面をこちらに向ける。
「ほら、これみてよ」
「なんだよ。……どれどれ――って何これ?」
そこには画面の中で激走している自分の姿が映し出されていた。突然の出来事に、動揺が隠せない。
そんな慌てふためく俺を見ながらも、相変わらず冷静に達也が口を開く。
「ここの生徒の誰かが伊織が走ってるところを撮ってツイッターに載っけたみたい」
「うわー、なんて需要のないものを載せてるんだよまじで。そいつのセンスを疑うぜまったく……」
「伊織、それなんだけどね……。案外センスが悪いとか、そうでもないんだよ……。ほらこっちも見て」
そう言って達也は少し神妙な面持ちで携帯を操作して俺にそれを見せてくる。
「意外とこの動画、100リツイート、300いいねもついてて、プリバズりしてるんだよね」
「うわ、ほんとだっ!」
ツイッターでこんなに反応があるなんて、芸能人とかネタ投稿くらいだと思ってた。意外とこんなんでも伸びるのかぁ。
感心気味の俺を見て、達也は表情を曇らせると、少し声音を落として話し始める。
「――伊織……これがどういうことかわかってるのか?」
「え、どういうって――」
「――お前の情報がネット上に拡散されてるってことだ」
「……⁉」
「お前の過去の活躍を知ってる奴らがこれを見たら……どうなると思う?」
「あっ!」
ここまで来てようやく達也の言いたいことがわかってきた。
「やっと気づいたか……ほんと鈍感だなお前は」
達也は呆れ顔でため息をつく。しかし、すぐに真剣な表情で俺に忠告する。
「この動画をきっかけに、今後、お前の過去を探ろうとしてくるやつは必ず出てくる。そのとき、お前は正気を保っていられるか?」
「っ……」
俺は言葉に詰まる。
だってそれもそのはず。あのとき、あのリレーでさえ。近藤さんの言葉がなければ、俺はきっと走れていなかった。過去に引きずられていた。過去を打ち破ることができなかった。
いつも近藤さんがそばにいるとは限らない。そんなとき、俺は一人で乗り越えることができるのだろうか。
答えは――おそらく否。
きっとこれはいつまでも俺に付き纏うのだと思う。払拭ができたと思っていても、それはふとしたきっかけで簡単に戻ってきてしまうかもしれない。
そんなとき、俺は――。
「――だからよ、伊織」
達也は俺をまっすぐ見つめていた。その表情のどこにも、いつもみたいなチャラチャラした感じはなかった。
「――なんかあったら、俺を頼ってくれて構わないんだぜ」
「た、達也……。あぁ、そのときはよろしく頼む。……ありがとう」
こいつ、やっぱりいいやつなんだな……。
こういう人を「親友」というのだろう。俺は達也のことをそんなに詳しくなんて知らないけど、達也は俺のことをなんでもお見通しなんだよなぁ。
本当にこいつにだけは頭があがらねえなまったく……。
「な、なんだよしんきくせぇ。ったりめーだろ、俺たち親友、だろ?」
「……っ‼」
感激のあまり涙が出そうになる。
普段のチャラチャラしてるときと今のギャップが余計に涙腺を刺激する。
「あぁ、そうだな。……まじでサンキューな達也」
なんか俺らの周りだけ湿っぽい空気が漂っている。
しかし、そんな空気を一瞬で変えたのは、やはり達也だった。
「あぁ、そういえば、有名人さん」
「あ? なんだよそれ、まじでやめてくれ」
「いやいや、謙遜なさらず~」
達也はニヤニヤしながら話を続ける。
「でさ……」
なんだいきなり……。話題転換急すぎないか?
そう思っていたが、達也はノーモーションから核心を突く質問を投げ込んできた。
「――お前、彼女できただろ」
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