第19話 昼休み

 ――教室での昼食。

 クラスメイトはいくつかのグループに分かれて食べている。


 運動部のグループはこれまでの競技の出来高を競い合い、大声で笑い合っている。 

 文化部のグループは運動部までとはいかないものの、わいわいとも盛り上がっている。


 俺はもちろんどこのグループにも属さずにいつも通りのボッチ飯をしているから、こうして周りの様子を見ることができる。


 いくら体育祭だからといって、あんまり面識のないグループに「お邪魔しまーす」なんて言ったらどうなるだろうか。

 普段いない特殊因子が混入することで、そのグループのバランスに変化をもたらしかねない。

 そんなことになったら、お互い気まずくなっちゃうかもしれないからね。


 だから俺は、そんな回避的思考から生まれた予測のもと、相手方を考えた結果としてひとりでいることを選んだのだ。……そう、きっとそうでありたい……。誰からも誘われなかったなんて思いたくないよぉ。


 そんなこんなで、気がつくと弁当箱が空になっていた。俺の想像力、恐るべし。

 そろそろグラウンドに戻ろうかな……。


 午後一番の種目は「応援合戦」――つまり、ダンス。

 そう! 俺の1か月弱の猛特訓の成果を見せるとき!


 俺は周りにバレないように気合を入れつつ、しかしひっそりと教室を後にする。すると、ハーフパンツのポケットに入れていた携帯が振動する。


 「――?」


 何事かと、携帯のロックを解除して通知を確認する。


 「次はついにダンスだね! 頑張ろう!!」


 近藤さんからのメッセージだった。ついでにハチマキを巻いた猫が右手……いや、猫だから足か? を掲げているスタンプも一緒に送られていた。


 近藤さんのほうをちらっと見ると、ちょうど近藤さんもこちらに視線を送っていたようで、一瞬お互いの視線が合う。そして近藤さんは、他の女子が気づかないほど自然にウインクをする。


 「――っ⁉」


 あまりの不意打ちに頭がくらっとする。

 しかし、あまりここで突っ立っていると、悪目立ちしてしまいかねない。


 高鳴る鼓動が周りにバレないように、平静を装って廊下に出ると、鼓動と呼応するような足取りで歩き始める。

 その途中で、近藤さんには「そうだね! 全力で楽しもう!」と、こちらの緊張をうまく隠した感じで返信した。


 グラウンドに出ると、他の生徒の姿はほとんどいない。

 ここに来るまでに各教室からかなりの話し声が聞こえていたから、もしかすると時間ぎりぎりまでおしゃべりしているのかもしれない。


 まっすぐ自分の席に向かい、そこに腰掛け、周りを見渡す。

 教室の喧騒とはうって変わり、耳に入ってくるのは風に吹かれてざわざわと揺れる葉の音。


 つい一か月ちょっと前までは、桃色の花びらがこれでもかというほど咲き乱れていた。

 その景色がまだ鮮明に残っているだけに、季節の移り変わりの早さを感じる。


 それにしても――暑い。

 まだ五月の中旬だというのに、今日はまるで季節が数か月ほど進んだような陽気だ。

 てっぺんに到達した太陽から日差しが容赦なく全身に照り付けてくる。


 でもまあ、なんだかんだ言っても俺はこのくらいの気温のほうが好きだったりする。

 だってほら、寒いと体動かないし、風邪流行るし、手先足先はれぼったくなるし……。


 それに、昼食後でこの気温――お昼寝にもってこいじゃないか?

 俺は静かに目を閉じる。


 直射日光にさらされて暑いけど、時々ふくこの季節らしい少し涼しい風とのマッチングが絶妙に絡み合ってものすごく快適だ。すぐに眠気がやってくる。

 風に揺れる木々の音も、屋外の昼寝ならではの自然のBGMの役割を果たしてくれる。


 ああ、きもちいぃ…………………。

 俺は今が体育祭の昼休みであるということを完全に失念し、まさに夢の中に落ちていこうしていた数秒前、


 「――高岡くん……もしかしてお昼寝かな?」


 「……ん?」


 俺のすぐ側でした声で、夢の世界に落ちそうなところから一転。真っ逆さまに現実世界に引き戻される。

 太陽の光がまぶしく、目が慣れるのに少しが時間がかかってしまい、その姿を判別することができない。でもこの聞き慣れた声はまちがいなく――


 「――やっぱり、近藤さんだ」


 「そうだよ、正解!」


 やはり、この声の主は近藤さんであった。

 しかし、目が慣れてくるにつれて、近藤さんがさっきと違うことに気づく。


 「あれ、近藤さん……それってダンスの」


 「う、うん……。ダンスの衣装……。どう、かな?」


 「…………」


 俺は近藤さんが着ている衣装をじっと見る。


 赤一色のノースリーブの主張が大きく、その下から金色の袖が伸びている。下は白いバスパン(バスケ部とが穿いている、ダボダボしててテカテカしてる短パン)で、上下のコントラストによって、より上の赤色が映えて見える。


 近藤さんが今日髪に付けている赤いリボンとも相性ばっちりな印象だ。


 「あ、あんまりじっと見られると、ちょっと恥ずかしい……かも」


 「ご、ごめん……。その、えっと……似合ってる! とっても似合ってていいと思う!」


 「そ、そう……? よかった……」


 あとね、と言って近藤さんは鎖骨当たりのマジックテープをぺりぺりと剥がし始める。


 「ちょ、ちょっと近藤さん⁉」


 突然の近藤さんの行動に、俺は驚きが隠せない。思わず両手で顔を覆う。


 「――高岡くん? どうしたの? 顔なんか覆っちゃって……」


 「いや、だっていきなり近藤さんが衣装を……ぬ、脱ぎだすから……」


 俺は自分でもわかるくらい赤面し、鼓動が早くなっていた。

 だから、赤くなっている顔が見られるのが恥ずかしいということもあって、顔を覆ったまま返事をする。


 「ぬ、脱ぐって……そんな恥ずかしいようなことはさすがにしないよ……。これはは衣装チェンジだよ」


 「イショウ……チェンジ?」


 「そう、衣装チェンジ。ペアダンスの直前にここを剥がして下ろすの。だから、見てもだいじょうぶだよ」


 「そ、そうなんだ……」


 俺は深呼吸をしてから両手をゆっくりと顔から離す。

 すると、さっきとは違う近藤さんが立っていた。


 さっきまで大きな存在感を放っていたノースリーブ型の衣装が腰にまで伸びていて、スカートのようになっている。それによって、上半身はノースリーブからベストのように見えるようになった。


 一つの生地で二通りの見せ方ができるなんて……。

 俺は今どきの高校生の裁縫テクニックに、ただただ感心するばかりだった。


 「あれ……? たしか男子も衣装チェンジあった気がするけど」


 「――え?」


 近藤さんから告げられた事実に、一瞬思考停止する。


 「……えっ? もしかして見てないの?」


 近藤さんもびっくりしている。

 俺はさっきとは違う意味で鼓動が高鳴る。やばいやばいやばいやばいやばい‼


 慌てて持っていた衣装の説明書を開く。奇跡的に持っていたことに驚き桃の木山椒の木。


 何枚かめくったところで――『衣装チェンジの方法』というワードを発見!


 「うわっ! 本当だ。俺らも衣装チェンジあるじゃん!」


 ダンスを覚えるのに必死過ぎて、衣装チェンジの存在を今まで認識していなかった。

 あっぶねー。これを知らずにいたら、本番でみんなが衣装チェンジする中、一人だけ前の衣装で取り残されて、後々批難と罵倒と嘲笑の格好の的になっていたかもしれない。

 ――想像するだけで冷や汗が出てくる。


 「ありがとう、近藤さん。まじで助かったよ……」


 「えへへ……。どういたしまして」


 近藤さんも俺の言動にさすがに少し苦笑いを浮かべている。

 俺は急いで椅子の下においてあった自分の衣装に着替えると、説明書の文言に沿って試しに衣装チェンジをしてみる――が。


 「これを外して……垂らして、巻いて――ってこれをあの短時間でやるの? え? これ結構きつくない?」


 説明書には①と②の2回の手順を踏むことしか書いてないから、一見すれば簡単に見えなくもない。

 しかし、これをダンスとダンスの間の短時間でやるとなると、焦ってしまってミスってしまう可能性もある。


 「まだ時間あるし、練習してみたらどうかな……?」


 「それだ!」


 近藤さんがナイスな提案をしてくれた。

 おかげで俺は何回か衣装チェンジを繰り返し、どうにかその短時間で替えることができるようになった。


 ようやく一安心していると、近藤さんが上目遣いでこちらをのぞいてくる。


 「あ、あの、高岡くん……」


 「な、何?」


 「あ、あの……。もしよかったら、衣装で写真撮りたいな……。今日まだ一枚も高岡くんと撮ってなくて……」


 「…………⁉」


 手がぴたりと止まり、汗をぬぐっていたタオルが地面に落ちる。

 こ、近藤さん? い、今何て言った……⁉


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