第11話 戦慄
それから数十分後。
俺らは体育館に来ていた。
さっきの話の流れかどうかはわからないけど、俺と近藤さんは一緒に行くことになった。
女の子と二人で行動するなんて経験はないから、かなり緊張した。
周りの視線とかが気になっちゃって、まともに近藤さんとはあまり話せなかった……。
体育館には全校生徒が集まっていて、いつもは広く感じるのにもかかわらず、今は少し窮屈に感じる。
近藤さんがかなり近くにいて、たまに肩が触れ合ったりなんかする。そのたびにフローラルの香りがして、どうしてもあの日――近藤さんが筆箱の中身を落として一緒に拾った日を思い出してしまい、体温が上がって行くのを感じる。心臓の高鳴りも止まらない。
近藤さんにバレないように、必死で呼吸を整える。
しかし、それにしても暑いな………………。
四月も中旬に差し掛かり、日中はだいぶ気温も上がってきた。そのせいで込み合っている体育館の気温がぐんぐんと上がっていくのがこれでもかというくらいわかる。
それに加えて――。
「うぉぉぉぉお‼ みんなぁぁぁぁあ、よく集まってくれたぁぁぁぁあ‼ オレがぁぁぁぁあ、団長のぉぉぉぉお、桑田ぁぁあ、敬だぁぁぁぁあ、よろしくなぁぁぁぁあ‼」
……………クセが強いんじゃ。
赤組だからだろうか……っていうかたぶんそうなんだろうけど、とにかく熱い。烈火の如くメラメラ燃えるような闘志がむき出しになっている。
今までは熱い人といったら、テニスで有名なあの人くらいしか思いつかなかったが、もしかすると、この人もそれに負けていないような気がする。そのくらい熱い。
「それではぁぁぁぁあ、今からぁぁぁぁあ、ダンスの希望調査票を配るからぁぁぁぁあ、書いてクラス代表の人に渡して下さぁぁぁぁあい」
そう言って紙を配り始める。
一緒に配っているのは同じ三年生だろうか。団長よりもずっとおとなしく見える。いや、団長のクセが強すぎて他の人がおとなしすぎるように見えるだけか。
紙を配っている間、桑田団長は、その持ち前の熱さで赤組の視線を独占し、今後の意気込みやら目標とかを熱烈に語っていた。
この人、選挙とか出たらしれっと当選するんじゃないかって思ってしまう。
話している内容は普通なのに、人を引き付ける力がすごい……というかクセが強すぎるからそう感じるだけか……?
そんなくだらないことを考えていると、しばらくして紙が回ってくる。
ここにペアとなるお互いの名前を書けばいいのだが……………。
俺は緊張で手汗が滲み始めていた。
だってさ、女の子の名前を自分が書くわけじゃん。な、何か変な感じしない?
俺は横――近藤さんを見る。
近藤さんもどうやら俺と同じことを考えていたようだ。自分の名前の欄は埋まっていたものの、ペアの相手の欄が空欄のままだった。
「こ、近藤さん……?」
「――ふぁ! ………………ど、どうしたの?」
すっとんきょんな声を出す近藤さん。かわいい…………………。
「え、えっと……。名前、書いてくれない? 漢字とか間違えたくないからさ」
……………嘘はついていない。
万が一、名前の漢字間違えちゃったら失礼だもんね。決して緊張で名前が書けないなんて、そんなことは断じてない。……ないよ、ね?
「そ、そうだね……。じゃ、じゃあ……わたしもお願いしてもいい?」
「も、もちろん」
俺と近藤さんは紙を交換するのだが、そこで軽くお互いの手が触れ合う。
「「………あっ‼」」
俺と近藤さんは慌てて手を引っ込める。
「ご、ごめんね」
「う、うんん、こっちこそ………ごめん」
お互い目線を逸らす。
女の子の手なんて、幼稚園のとき以来、繋ぐどころか、触れてもいない。
だから、さっき触れた近藤さんの手の柔らかな感触は、とても不思議な感じがする。
そう思ったとたん、脈拍が再び上がり始めてきた。
や、やばい……!
こんな至近距離で心臓バクバクさせてたら、近藤さんにバレてしまうじゃないか!
そんなことはあってはならない。
俺は、深呼吸をすると、意識をペアの欄に自分の名前を書き込むことに集中させる。
「……は、はい、できたよ」
「あ、うん……。ありがとう。わたしも書けたよ」
そして紙をまた交換する。
もう一度……なんて一瞬考えもしたが、今度はお互いの手が触れ合うことはなかった。
俺は返ってきた紙を見る。
『近藤結衣』
かわいらしい丸文字でその名前は書かれている。
俺はこれで近藤さんと体育祭のダンスを踊ることになったのだと、改めて実感する。
ダンスは決して得意分野ではない。むしろかなり苦手なほうにあると自覚している。
ただ、近藤さんが特訓してくれるみたいだし……。少しは頑張らないとな。
そう思っていると――。
「それではぁぁぁぁあ、今からぁぁぁぁあ、リレーの代表決めちゃいまぁぁぁぁす‼」
そんなむさ苦しいボイスが耳を襲う。
――リレーか。
俺は自分が言うのもなんだが、控えめに言って足が速い。というか、ここにいる生徒の誰よりも早く走る自信はある。だから、昔から毎年のようにリレーの選手に選ばれていた。
――あの頃までは。
あのとき以来、俺はリレーから距離を置くようになった。もちらん去年の体育祭でも走っていない。
「ではぁぁぁぁあ、まずはぁぁぁぁあ、立候補してくれる人ぉぉぉぉお‼」
俺は今年も走らない、そう決めていた。そんなの当たり前だ。そんなことをしたら、嫌でも思い出してしまうだろうから。
それは絶対に開けてはならい、パンドラの箱だから。
先輩たちがちょくちょく立候補をしていき、順調に出場選手が決まっていく。
……そうだ、そのまま決まってくれ。
俺はなるべく誰かに今頭の中で思ってることを悟られることがないように、無表情で行く末を見守る――はずだったのだが。
「あと一人ぃぃぃぃい、誰かいませんかぁぁぁぁあ?」
このリレーは男女五人ずつ、計十人で行われる。男子は四人までは立候補が出たのだが、あと一人が出てこない。
まあ、こういうのは大抵は三年生で固めるのがベターだよな。最後の体育祭だし。
そりゃあ、勝つのも大事なんだろうけど、勝つより楽しむほうに重きを置いている人もこの中では少なからずいるわけで。
そうなると、エンタメ性の高い人を推薦……なんてことも十分に考えられる。
だが、なかなかその手の人も立候補、もしくは推薦が上がってこない。
もしも赤組が勝利重視でメンバー構成を考えるとしているのであれば、三年生から立候補や推薦が出ないとすると、自動的に下級生――つまり一、二年生からの推薦で決まることになる。
さらに、上級生の中で中学のときの俺のことを知っている人がいた場合、ほぼ確実に俺を推薦するに違いない。
そうなったら断るのはほぼ不可能。リレーへの強制参加が決定する。
頼む………………誰でもいいから早く決まってくれ…………。
神様、仏様、桑田様……。神様、仏様、桑田様…………………。
「――あれ、そこにいるの高岡じゃね?」
「………………⁉」
そんな俺の願いなんていざ知らず、前の方から俺の名前が呼ばれる。
――ん? この声、どこかで聞いたことがあるような………………。
俺は恐る恐る顔を上げる。
「――っ⁉」
その声の主は、中学校のときの陸上部で同じだった竹下徹先輩だった。
うわ……これ一番ヤバい状況なのでは……?
俺のことを詳細に知るうちの一人が目の前にいる。最悪の想定のさらに上を行く結末に、この世の終末を悟る。
背筋に悪寒が走る。恐れおののく俺に、竹下先輩は口を開く。
「え……なんでお前立候補しないの? 足速かったのに」
「………………………」
「ねえ、黙っててもわからないよ」
「………………………」
「ねえ、無視しないでよ。先輩後輩の仲だろ?」
俺は何も言えずに黙りこむ。
何で? なんでよりによって竹下先輩が……?
俺の頭の中は、あまりに突然の出来事についていくことができないでいた。
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