第10話 きっかけ
くじ引きの順番が回ってきた俺は、加藤の前に置かれた箱からくじを引く。
――結果は赤だった。
「高岡……赤です」
「はいよー。じゃあ赤組の方集まっといて」
「……は、はい」
加藤との会話(?)に少し身構えていた俺だったが、やはり近くで感じたその高圧的な雰囲気に気おされてしまった。だが、なんとかくじの結果を加藤に伝えることはできた。
そして、赤組の集まる場所へ向かう。
近藤さんと同じ色になれるのだとしたらいいのだが、その確率は25%。
それを高いと捉えるか、それとも低いと捉えるのかは人それぞれだと思う。俺は後者の考えだから、正直同じじゃなくてもしょうがないと思っていた。
「えーと、俺は……ここら辺か」
俺は集まっている人たちを順々に見る。
中には去年見かけたような人もいたが…………もちろん話したことはない。っていうか、名前思い出せないです。ごめんね……。
「ん……………………ん⁉」
そんな知っているか知らないか分からない人たちを見渡していく中で、俺は一人の女の子の前で視線が止まる。
その女の子は――近藤さんだった。
近藤さんもこちらの視線に気づくと驚いた表情をしていたが、すぐにニコッとした笑みを浮かべながらこちらに駆け寄ってくる。
「すごい! まさか本当に同じ色になるなんて! 運命感じちゃうよ!」
「う、運命って……そんなおおげさな……」
俺は「運命」という言葉を聞いて一瞬ドキリとした。
俺と近藤さんの運命――いやいや……そんなことがあるはずがない。
近藤さんが言った運命とは陰キャ男子がかわいい女の子に言われて想像してしまうそれとは違うのだ、と自分に言い聞かせる。これで勘違いとかだったら、マジで笑えないからね。
「よろしくね、高岡くん」
「あ、あぁ……こちらこそよろしくね……近藤さん」
その笑顔はあまりにも純粋無垢で、それを見るたびに、本当に近藤さんは俺に本心からの言葉を言ってくれているのだと思う。
その笑顔をいつまでもずっと近くで見ることができるのであれば、そんな幸福なことがあるのだろうか――ふとそんなことを思ってしまった。
「――そういえば、高岡くん」
「……ん? ど、どうしたの?」
俺は近藤さんの声ではっと我に返る。
「高岡くんは……ダンス、やるの?」
「ダ、ダンス⁉」
「うん!」
近藤さんははつらつとした声でそう答える。
「えっと………」
言葉に詰まる。そんなに期待したような目でこっちを見られると、余計に言いづらくなっちゃうんだけど……。
「お、俺は……やらないかな……。踊る人いなさそうだし……」
「――じゃあ、わたしと踊ろうよ」
「………………………えっ⁉」
俺の想像では、「そっかーわかったー」くらいで終わると思っていたけど、近藤さんの口から衝撃の発言が飛び出し、しばらく思考が停止する。
「――こ、近藤さんと…………ダンス?」
「そう! わたしと踊ろうよ、高岡くん!」
そう言って近藤さんは両手を大きく広げる。
「んん………………」
俺は唸りながら一考する。
「もしかして………………わたしと踊るの……いや、だった……?」
そんな俺を見た近藤さんは、さっきまでのテンションはどこへやら、寂しげな声でそうつぶやく。
「あっ、いやっ、そ、そうじゃなくて……。俺……ダンス苦手だし………」
――事実。
俺はダンスがすこぶる苦手なのである。
中学の体育の実技で、テストという名目でクラスの前で踊らされたときは、教師に殺意が沸いたものだ。……俺は忘れないぜ。
――閑話休題。
だから、近藤さんと踊るなんてしたら、不釣り合いも甚だしいだろう。
俺一人が笑われるのであれば、なんとかなるかもしれない。でも、きっと俺だけでなく近藤さんまで笑いものになるだろう。そんなことはさせたくない。
「それに、俺となんて踊っちゃったら、近藤さんが楽しめないかもしれないかもしれないよ……? せっかくの体育祭なんだし……近藤さんはもっと……一緒になって楽しめる人と組むべきだよ……」
俺は言葉を選びながら、しかし近藤さんと組むことが嫌ではないということを必死に伝える。
しかし、俺の気持ちは伝わらなかったのか。
「わたしは……高岡くんと踊りたいのに………………」
近藤さんはほっぺを膨らましてそう言う。心なしか、頬が少し上気して赤くなっているように見えた。
なんだかリスみたいでかわいいなと思ったのは一瞬だった。……それよりも気になったことがあったから。
「本当に……俺なんかでいいの?」
「うん……。わたし、高岡くんとがいい」
近藤さんの意思は固いみたいだ。
「俺、近藤さんにたくさん迷惑かけるかもしれないよ?」
「だいじょうぶ。わたしがみっちり特訓してあげる」
「ま、まじか……」
「うん、まじだよ」
それはそれでとても怖いのだが……。
「俺、近藤さんが思ってるよりもずっとダンス音痴だよ?」
「苦手でも、踊れるようになったら楽しいと思わない?」
「そうかな……?」
「そうだよ」
近藤さんの自信に満ちた表情を見ていると、こっちまで「もしかしたらいけるんじゃないか」って気持ちになってくる。
「今こんなこと聞くことじゃないかもしれないんだけど……。ただのお隣さんの俺に、どうしてここまで構ってくれるの?」
「それは…………………」
さっきまでの自信はまるでどこへ行ったのやら、近藤さんが黙り込む。
……す、少し言い過ぎてしまったか……?
「え、えっと……その、今のは別に変な意味じゃなくて……………」
すぐに弁明するが、近藤さんはなぜか頬を赤く染め、視線をあちこちに泳がせていて、完全に落ち着きをなくしていた。
「こ、近藤さん……?」
「……えっ⁉ あっ……」
「近藤さん……ごめん、変なこと聞いちゃって。今のは忘れてくれてもいいからさ……」
近藤さんは一瞬こちらを見たが、また目をあちこちに泳がせる。
「そうじゃなくて……。その……それは……………今は……まだ、言えない…………」
「それってどういう――」
「なんでもないの! ほ、本当に…………」
近藤さんが俺の言葉を遮る。
こんなことは初めてだったから、俺は少し狼狽えてしまった。
それにしても、今は言えないってどういうことだろうか………。
ただ、何か事情があるのであれば、これ以上深く突っ込むことは得策ではない。
「――そ、それで! ……………ダンスはどうする? やっぱり……………やらない?」
近藤さんは赤面したまま、上目遣いで俺の表情を窺う。
「………………………っ⁉」
俺は何度この表情にドキッとさせられただろうか。
近藤さんの笑った顔、少し悲しそうな顔。どの表情を見てもドキッとさせられる。
しかし、この感じは別に嫌ではない。むしろ心地いいと感じるときもある。
なぜだろう。今までどんな女の子にもこんな感覚を抱くことはなかったのに。近藤さんにだけはなぜかそういうふうに感じる。
――近藤さんが隣の席で話しかけてくれなかったら。
――クラスが、席が違っていたら。
たぶん俺は近藤さんと話すことなんてなかったのかもしれない。
そういう意味では、近藤さんがさっき言っていた「運命」というのは、もしかすると正しいのかもしれない。
少なくとも、俺ひとりではそんなことを考えることもなかった。
しかし、近藤さんがいれば、ひとりではわからないことも、その答えを見つけることができるかもしれない。
そんなおおげさな、といって笑う奴がいれば、勝手に笑っていればいい。
たぶん今までの俺なら笑うこともなく、呆れかえっていただろう。
俺は、自分の中でなにかが変化していることに薄々気づいていて、でも、それを懐疑的に見ていたのかもしれない。
体育祭という名の陽キャのマウント合戦も、俺には無縁のことだと思っていた。もちろん、俺の主戦場でないことは重々承知の上だ。
しかし、近藤さんの言葉のひとつひとつが、俺の中にある固く凝り固まった固定概念を少しずつほぐし始めていると感じているのは、紛れもない事実だ。
そして、その固定概念がなくなったとき、俺は何を思うだろうか。
――今はまだ、わからない。
だから、これをきっかけにそれを知りたいと思ってもいいのではないか。
過去の自分を引きずるだけの人生なんてつまらない。
近藤さんはそのことに気づかせてくれた。
俺はそんな近藤さんに何もしないのは違う気がする。
決して、なにかしなければならいという義務があるわけではないが、俺は自分の意思で近藤さんになにか感謝の意を示したい。
俺は改めて近藤さんをしっかりと見る。
近藤さんは俺の視線を真正面から受けて、さらに頬が赤くなる。
「近藤さん……………」
「は、はい………………」
「たくさん迷惑かけると思うけど、それでもよかったらお願いします」
「う、うん! よろしくね‼」
近藤さんは会心の笑みでそう答えた。
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