第9話 以心伝心
昼休みが終わり、睡魔が襲来する午後の授業がやってきた。
新学期が始まってまだ一週間くらいしかたっていないのにもかかわらず、もう新たな学校生活になれたのか、だいたいクラスの四分の一は机に突っ伏す光景が一番後ろの席から一望することができるのだが……。
今日は誰もが顔を上げている。
近くの席の人同士でわいわいしゃべっていて、むしろいつもより元気そうだ。
なぜいつもと違うのか――。
俺は前から配られてきたプリントに目をやる。
【第○○回 桜浜高校 体育祭‼】
でかでかとポップな字体の見出しにが目を引く。
その字体から、プリント作成者のテンションの高さを物語っているようにも見える。
――そう。
この時間は、朝のホームルームで柳先生が言っていた、体育祭に関する決め事をする時間なのだ。
そりゃあ、みんな起きるわな。さすがのボッチな俺でもちゃんと起きてたわけだし。寝ているうちに勝手に面倒な仕事を押し付けられても癪だしな。
――体育祭。
学生の大半にとっては、文化祭と並んで、最も待ち望んでいる学校行事のひとつとして数えられている(と思われる)。
体育祭といった学校行事は、あくまで陽キャがその存在感をこれでもかというほどアピールする場でもある(と思われる)。
つまり、先ほど学生の大半が待ち望んでいるとしたのは、俺――高岡伊織を含む陰キャたちにとってはなんの楽しみもない行事の内のひとつである。
むしろ数が足りない競技への出場を強制されるなど、苦痛な一日を過ごすことになることへのアンチを強調したかったのだ。ふはは……はぁ。笑えない。
そんな陰キャたちの悲痛の叫びなんて、あいつら陽キャどもに聞こえるわけでもなく……。
俺の通っている桜浜高校の体育祭は、赤、黄、青、緑の四色に分かれて行われ、毎年かなり気合が入ったものになる。
リレーや棒倒し、綱引きといった、王道の競技はもちろん盛り上がるのだが、なにより桜浜高校の目玉といえば、「応援合戦」で間違いないだろう。陰キャの俺から見てもそのくらいはわかるさ。
応援合戦は、大きく「マスコット」と「ダンス」のふたつに分かれる。
まずマスコットだ。
各組は、それぞれの組の色をモチーフにしたキャラクターを新聞紙やら牛乳パックやらを使って作り、その完成度を競うことになる。驚くことに、そこで作られる巨大なマスコットはなんと高さが約3mにも及ぶ。
ちなみに、それらは一部可動式になっていて、その動きなんかも得点に加味されるらしい。
去年初めて見たのだが、どのマスコットも再現度が高い。まじでデカかったっし、迫力すごかったし、びっくりしたし、まじでやばかった(語彙力)。
次はダンス。
ダンスは、その組の一体感、構成などの得点を競うのはもちろん、衣装に関してもその完成度などが別に採点される。
だから衣装担当の人たちは誰かの家で徹夜で衣装を作る「衣装オール」なるものが行われるという。詳しい実態の方は……うん。
どおりでどの組もあんなにハイクオリティだったのか。
……もちろん俺は着ていないが。
――さてと。
俺はプリントはそこそこに、教卓の前でこの場を仕切っている体育祭実行委員の方に視線を向ける。
体育祭実行委員は男女一人ずつ。男子は本田圭次。女子は加藤ひより。
本田は、バリバリのサッカー部。金髪のソフトモヒカンがトレードマーク。ちなみに利き足は左。
ぱっと見、まじであの有名な某サッカー選手に見える。ていうか、名前もどことなく似ているような……。
どうせなら名前も同じにしとけよ、と突っ込みたくなるレベルでそっくり。そっくり過ぎるから、遠目でみたら絶対に見分けつかないだろうな。
そして、隣にいるのが加藤。ダンス部所属。
金髪のストレートがトレードマークの、結構我の強い系女子だ。よく女子を従えて廊下を歩いている。
見た目もやってることも女王様みたいで、加藤のいうことに逆らった男子が逆に加藤たちに泣かされていたところを見たことがある。うっわ……藤さん怖すぎっすマジで。
つまり、ふたりともこのクラスのトップカーストに位置する、いわゆる陽キャ。
俺とはほぼ対極な存在で、俺が最も苦手とするタイプ――。
などと、心の内で思っているうちに、どうやらプリントが全員に行き渡ったようで、本田は、それを確認すると話し始める。
「えー、それじゃー、今から体育祭についてやりまーす! お前ら、準備はいいかぁ!」
高々と右の拳を天井に掲げ、そう宣言する。
…………………………………。
…………………………。
さっきまで活気あふれてた雰囲気に包まれていた教室は、本田の謎の掛け声によって凍て返ってしまった。
本田さん、完全に滑りましたね……。
あんなの、打ち合わせなしで唐突に振られて便乗しろって言われても、無理な話だ。
まだ四月も中旬で、まだクラスが完全に馴染んだとはさすがにいえないこの状況。体育祭独特のノリをぶち込めば平気だろうという本田の浅はかな思考は、この俺にさえ容易に想像することができた。
…………………。
………。
しかし、この雰囲気はさすがの陽キャでも対処することはできないなようで。本田は、んん、とわざとらしい咳払いをすると、
「えー、仕切り直しってことで……。じゃ、じゃあ、最初に色決めをしまーす。出席番号順に前にひきに来てくださーい。んで、引き終わった人から黒板に書くところに色ごとに分かれて集まってくださーい。そしたらクラス代表を決めちゃってくださーい。んで、代表決まったら、各競技の出場希望とか、ダンスのやるやらないのアンケートとかをまとめちゃってくださーい。よろしくでーす。あ、加藤も手伝いよろしくー」
「はいよ~。じゃあ、どんどん引きに来てー」
本田はそう言って黒板にでかでかと色分けの表を書き、教卓の下から大きめの箱を取り出すと、加藤と一緒にさっさとくじ引きの誘導を始めてしまった。
まあ、この切り替えの早さはさすが陽キャといったところか。
もし俺が本田の立場だったら、一週間は学校来れないだろうな、きっと。……っと、その前に、みんなの前に立って仕切るとかしないから前提条件が間違っていたぜ。ははは。
そんな俺の内心とはよそに、本田と加藤の指示に従って生徒たちが一斉に動き出す。出席番号が真ん中あたりの俺はもう少しかかりそうだ。
そう思いながらぼーっとしていると、不意に隣の近藤さんから声をかけられる。
「――高岡くん……同じ色になれるといいね」
「……………………えっ⁉ あっ……」
ぼーっとしていたせいで返事が遅れてしまった。
振り向いて返事をしようとしたが、既に近藤さんは教室の前まで進んでいた。
俺の席の横ではくじ引きのための長蛇の列ができている。
それに、すぐにくじを引いていくから、列はそこに留まることなく常に動いているのだ。
すぐに気づいて返事をすることができず、無視をしたみたいになってしまった。
「ごめん、近藤さん……」
ものすごい罪悪感に苛まれる。俺は聞こえないと思ったが、謝らないと気が済まなかったので、両手を合わせて近藤さんへの謝罪の意を示す。
すると、こちらの意思が届いたのだろうか。近藤さんがふとこちらを振り向き、ほほ笑みを浮かべる。
「……………⁉」
俺は近藤さんと視線が合う。
ドキッとして鼓動が早くなったが、それ以上に心が弾んだ。一瞬だったけど、近藤さんと気持ちが通じ合ったような気がしたから。
「俺も、近藤さんと同じ色になれるといいな………」
俺はうれしさのあまり、ついそうつぶやいていた。
それは誰にも聞こえない程度の声量だった。
だから、俺の気持ちが彼女に届きますようにと思っていたことは、俺以外、このクラスにいる誰も知るはずがなかった。
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