第1章 1学期
出会い
第1話 再会の予感
わたし―近藤結衣は、朝練を終えて自分のクラスに向かう。
つい最近、ようやく二年生になったけど、まだ一年生は仮入部期間になっていないから部活には来ていない。下級生との接点が未だにないから、正直にいって、まだ先輩になったという実感は持てていない。
しいて言うなら、クラス替えくらいかな……。
わたしの通っている学校は、近隣の高校の中では進学校として知られているため、二年生からある程度受験を意識し始める。その最初がこの文理別のクラス編成。わたしは理系科目が全然できないという理由で文系に進んだ。
でも、時間割に「文系数学」の文字が書いてあるのはなんでだろうね……。
クラス替えをして、一年生のときに仲の良かった友達が理系に進んで別々のクラスになっちゃったのは寂しかった。
それでもなんとか新しいクラスで新しい友達ができて、楽しい学校生活をスタートさせることができたと思う。
でも……。
わたしは自分の隣の席の方に視線を送る。その席は新学期が始まってい以来、ずっと空席のままになっている。
もう学校が始まって四日がたつけど、その席に本来座るであろう生徒はまだ一度も登校していない。
どうして学校に来ないんだろう……。もしかして、不登校………………?
わたしは不安になってきた。
隣の席の人がどんな人なのか、春休みの時から楽しみにしていたのに。授業でペアになって課題をしたり、わからないところがあったら相談し合ったり、たくさんおしゃべりしたり………………そう思っていたのに。
「はぁ……」
わたしはため息をつく。
明日になっても来なかったら担任の先生に相談してみようかな。担任の先生ならもしかしたら何か教えてくれるかもしれない。
「…………………あっ」
そこであることに気づく。隣の机にはプリント類が煩雑に置かれていた。
その席は誰にも使われずにほったらかしにされているから、なんとなくだけど、それらその席の主を寂しそうに待っているようにわたしには映った。
ただでさえ窓に近い席なんだから、風が吹いたらバラバラになってしまうかもしれない。
隣の席の人がいずれ登校してきたときに困らないように、空席に寂しく積まれているプリントを手に取ると、それらを整え、丁寧に机の中に入れる。早く来てね、という思いを込めながら。
しかし、わたしの祈りはどうやら届かなかったようで、今日もその人は来なかった。
その日の放課後、わたしは部活に行く前に職員室に立ち寄った。
職員室ってなんだか緊張しちゃうよね………。そこだけ自分たちみたいな子供の空間ではなくて、働いている大人たちのそれ。
せわしなく動いている先生たちを見るといつも、自分たち高校生とは違うんだという雰囲気を感じて、入るのに少し尻込みしてしまう。
わたしは緊張で早まる鼓動を深呼吸で落ち着かせ、軽くノックする。
「…………失礼します。二年一組の近藤です。柳先生はいらっしゃいますか?」
すると、奥の方からコツコツというヒールの音を立てながら、柳先生が歩いてこちらに向かってきた。
柳先生。本名は柳明美先生。二年生からお世話になる、わたしの担任の先生。
柳先生は女性にしては長身で、それでいてスタイルが良い。そのうえ、顔も整っていて、とても美人さん。
何も知らずに「この人モデルだよ」って言っても、たいていの人なら信じちゃうんじゃないかな。
そして何より、この人―柳先生を象徴しているのが…………その大きな胸。その大きさといったら………………。男の子はともかく、女の子でさえ誰もが一度は釘付けになってしまうと思う。
わたしは、自分の胸元をちらりと見る。わたしの胸は……大きいとはお世辞にもいえないから、先生の立派な胸を見てしまうたびに、わたしももう少し大きければな……と羨ましく思ったことが何度もある。
わたしも思春期の女の子なんだから、胸の大きさで友達とお話することがよくある。そのたびに、「私またサイズ大きくなっちゃってさ~」とか、「最近肩こりがね~」とか、わたしがまだあまり経験したことのない話をされる。
だから、わたしはいつも苦笑いや相槌を適当にうつことで何とか乗り切っている。
いや、わたしもね……前に比べただいぶサイズも大きくなってきたし、肩こりだって最近は肩こりだってするようになってきて―
いやいや……。何を考えているんだろう、わたし……。
自分の考えていることに恥ずかしくなって、ブンブンと首を振っていると、
「どうしたんだ近藤、なんで犬のマネなんかしているんだ? 私に用があるのではなかったのか?」
目の前に柳先生が立っていて、不思議そうな顔をしながらわたしのことを見ていた。
「…………! あ、え、いやっ、ええと………」
柳先生が目の前にいることに驚いて少し取り乱してしまった。
「ん?」
「……は、はい、今日は先生にご相談したいことがあって……」
「そうか、どうした? 近藤が相談なんて珍しいな」
「実は……。先生も知っていると思うんですけど………。わたしの隣の席の人が今日もお休みしていてて……。わたし、その人のことが心配になっちゃって……。」
「あぁ、そのことか」
柳先生はフムフムとうなずく。
「やっぱり! 先生は何か知ってるんですか⁉」
わたしは先生の反応を見るなり、我慢しきれずに勢いに身を任せるように質問を続ける。
「……ああ。これでも一応担任だからな。各生徒の事情くらいは把握しておかないと」
「………………………っ!」
そうだった。自分のクラスの生徒のことを担任の先生が知らないはずがない。わたしはすごく当たり前のことをものすごい勢いで捲くし立てていたような……。
うぅ……恥ずかしい。顔のあたりがすっごく熱くなってきた……。
わたしは両手で赤面した顔が見られないように隠した。
すると、柳先生は苦笑いを浮かべつつ、
「なんだ、近藤。あいつ……高岡のことが気なるのか?」
「……⁉ た、高岡…?」
「ああ、高岡伊織だ。……? 近藤は知っているのか?」
「あっ、いえ、なんでもないです…………。せっかく隣になったから、仲良くしたいな、と思ってたんですけど……。彼……高岡くんはいつになったら学校に来るんですか…………?」
「そのことなら心配いらないぞ」
「え?」
思わずすっとんきょんな声が出てしまった。
「そ、それって…………どういう意味ですか…………?」
わたしは柳先生が何を言っているのかよくわからなかった。
柳先生はふむ、と腰に手を当てながら言葉を続ける。
「高岡は始業式の前日に倒れて一週間ほど入院しているだけだ。決して不登校なんかじゃないから、安心したまえ。たしか、そろそろ退院するとかなんとかって親御さんが言っていたような気がするな……。ということは、来週あたりから来れるんじゃないか?」
「そ、そうなんですか…………………」
色々な情報を得ることができたのはよかったけど…………。ちょっと生徒の個人情報を簡単に他人にしゃべりすぎじゃない?
柳先生の口の軽さに少し不安を感じたけど、当の本人はまったく気にしていないみたいだった。
「じゃあ私はそろそろ用事があるから、この辺で失礼するぞ。…………そうか、あいつにもついに春が……くそっ、リア充爆発しろっ!」
そういって何かブツブツ言いながた奥の方に行ってしまった。
「………………………春?」
最後は何を言っているのかよくわからなかったし、よく聞こえなかったんだけど……。
それでも、よかった。
来週になったらようやく会えるんだね……。
部活が終わって家に帰ると、わたしは制服のまま、自分の部屋に向かう。そして、あの日以来、机の引き出しの中に大切にとっておいた一冊の冊子を手に取る。
そのその冊子の表紙には【第○○回神奈川県中学校陸上競技選手権大会】と書いてある。
そこには多くのエントリー者の名前がたくさん書かれていたが、わたしはある一人の選手の名前に視線を向けていた。
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