ボッチの俺と天使の君

東山 はる

プロローグ

「あぁ、暇だな……」


 俺はベッドに横たわり、読み終わったラノベを閉じて、サイドテーブルにそっと置く。その奥にはもう何十冊になったのかわからないくらいの本が規則性もなく、ただただ無造作に積まれている。


 昨日親から持ってきてもらったラノベは全て読み切ってしまったため、他にやることがなくなてしまった。


 ふと、周りを見渡す。


 ツンと鼻を刺す消毒液のにおい、無機質で真っ白な壁、淡いピンクいろのカーテン、俺の体から延びるチューブ。


 そう、ここは病院のとある一室。

 なぜそんなところにいるかって?

 それは、始業式の前日に病気が再発してしまい、そのまま一週間ほど入院生活を送ることになってしまったからだ。


 それはつまり、クラス替えという新学年の最初の最大にして最も重要なイベントに参加できないということを意味する。


 クラスコミュニティなんて、いっていしまえば一週間、いや、下手すると一日である程度の形は決まってしまう。

 そこで形作られたコミュニティは、古参者がその圧倒的地位を築き上げるため、新参者はなかなかコミュニティに馴染むことができない。いわんや、新参者でもない者をや。


 そうしてクラスコミュニティから漏れた者たちは、どのクラスコミュニティからも存在認知がされなくなるため、一年間を空気のように過ごすことになるのが定石。

 つまり、陰キャ、ボッチルートを強制的に選択することになるということ。


 クラス替え後のクラスコミュニティを構築するその大事な時に学校にすら行けない俺は、まさにその状態になりかねない。

 普段は冷静な俺ではあるが、このときに限ってはかなり焦りを感じていた。仮に去年同じクラスで仲良くしていた奴がいれば、かろうじてそいつのコミュニティに首の皮一枚でも繋がることができるから、そうなることはないのだが……。


 もしかすると、ラインの一つや二つくらい来ているかもしれない。

 一縷の望みをかけて、俺はスマホを起動させ、ラインを開く。


 「……………………………まじか」


 新規メッセージのない画面を俺は茫然と見つめる。

 新学期が始まってから一週間がたとうとしているのにもかかわらず、誰からもラインが来ない……だと⁉


 たしかに、二年生以降は文系・理系でクラス編成がなされるため、一年のときに仲が良い友達がいても、二年生で別々になる可能性は十分にある。


 でも、友達が一人も同じクラスじゃないって、どんな確率よ。クラス編成をした教師に恨みでも持たれてたか?

 そんなはずはないのだが、この状況下では、そう思わないと気が持たない気がする。


 詰んだ……。


 この圧倒的敗勢の状況において、陽キャでない俺は、果たしてクラスに馴染むことができるのだろうか。心の中のリトル・伊織に聞いてみると、秒で答えが返ってくる。


「ヤダ。ガッコウ、キライ。ボッチ、カクテイ」


………………おっふ。

 来週の月曜日からようやく登校できるようになるのだが、早くもリトル・伊織は現実逃避を始めていた。とはいえ、いくらリトル・伊織が現実逃避をしても、あいにく時を止める能力なんかを持ち合わせているわけでもないわけで……。登校日を迎えることになるのは確定事項。


 しかし、それまでの期間をどうしようもないモヤモヤ感で苛まれ続けてしまったら、俺の精神はどんなに強靭なものであっても、すぐにすり減ってダメになってしまうかもしれない。


 だから俺は、さっき読んだ学園もののラノベのことを思い返して、なんとか気を紛らわせようと、思考の深淵へと身を委ねる。


 ―陽キャと陰キャ。


 学生という青春時代を過ごしてきた者、もしくは現在進行形でその青春時代を過ごしている者であれば、一度くらいは必ずといっていいほど経験するのではないだろうか。

 陽キャがクラスを支配し、陰キャがそれに従属する。

 このような光景は、どこのコミュニティにもみられる普遍的なものという認識が広まりつつあるのは隠しようのない事実である。


 そんな、男女平等社会の実現という潮流に真っ向から対峙するであろうこの「陽キャと陰キャ」という概念は、世界的に見ても日本くらいしか見当たらないのではないか(偏見)。


 では、なぜこのような陽キャと陰キャというカテゴライズが生まれたのか。これにはきっと諸説あるだろうが、俺、高岡伊織が考えるに、その基準のひとつは「恋愛」であると思っている。


 つまり、【恋愛している=陽キャ】ということだ。


 俺は、恋愛は抽象的過ぎてよくわからないと思っているが、しかし、この等式だけは自信をもって言うことができる。

 それがよくわからないという人は、学生時代の教室を思い浮かべてほしい。

 彼氏、彼女がいる奴らで、誰ともしゃべらずにいつも一人でいる奴らなんていたか? 


 否。断じて否。


 そういう奴らは友達がたくさんいて、いつも誰かと一緒に行動しているだろう。そうなんだよ。そういう世界なんだよ。


 かくいうこの俺も、陽キャと陰キャのどちらかと聞かれれば、まあおそらく間違いなく何か気の迷いを起こさなければ、きっと陰キャと答えるだろう。

 ただ、ここでいう俺の陰キャというのは、友達がいないのではなく、恋愛をしていないという意味でのそれであることに留意してもらいたい。………友達はいるから、ね……一応。少なくとも俺は友達だと思っている。あれ……俺って結構痛い奴?


 まあ、そんなこんなで、友達関係(もちろん、男子に限るが)で困ることはこれまであまりなかったが、恋愛に関してはまじでわからない。


 ―そもそも、恋愛とは何だろうか?


 恋愛はそれ自体に実体があるわけでもないのに、人々のと共通認識であたかも実在しているかのように誤認してしまう、なんとも不気味なものだ。

 小学校でも中学校でも、恋愛の話になるとやたらテンションアゲアゲマックスファイアーになる輩がいたが、あいつらは何に対して盛り上がっていたのか?


 俺にはまったくといっていいほど理解できない。なぜここまで恋愛格差が広がってしまっているのか……。彼女いない歴=年齢の俺にもわかりやすいように説明してほしいものだ。


 辞書を見ても「男女が互いに相手を恋い慕うこと」くらいにしか書いていない。

 グーグル大先生、siri、アレクサみたいな、人間の知能をはるかに上回るとされているAI様にも聞いてみたが、どれも同じような答えしか返ってこなくて、結局はよくわからなかった。


 恋愛は、人類誕生以来、我々を悩ませ続けてきた最大の謎といっても過言ではない。あんな何を考えているかわからなようなガキどもに、この難題を理解できるはずがないと思いたい。そうでなかったら、精神衛生上、非常によろしくない。


 つまり、だ。恋愛というものをまったくしてこなかった俺には、周りで繰り広げられる恋愛についていくことができず、こうして一人寂しく思考を巡らせることしかできないのである。

 その度に、俺は恋愛沙汰とは無縁の人生を送ってきたから、わからなくても仕方がない、と諦めてしまう。

 こんな堂々巡りの思考もいい暇つぶしになるとでも自分に言い聞かせておけば、気持ちも幾分かは楽になる。


 だからいいんだ。これからもそうして恋愛とは無縁の人生を生きていくんだ。色恋話に花を咲かせるカラフルな世界に、俺の居場所はない。

 俺はそんな華やかな世界からは距離を置き、このモノトーンな世界の方がずっとお似合いだろう。そう思って割り切って過ごしていた。


―あの子と出会うまでは。


高校2年生の春、俺の青春が、動き出す―

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