ブレイン・マシン・インターフェイス

「リュカ様、お気づきになられましたか?」


 真っ白な空間。目を開けると、やけに無機質な白が視界のすべてを埋め尽くした。俺は記憶にない場所に自分がいることを察して、すぐに身体を起こした。俺は病院にいたはずなのに、だ。


 身体がやけに軽い。

 いや、違う――そもそも俺の知っている身体ではない。やけに肌が白く、腕も足も細い。俺はこうではなかった。


「リュカ様、私の声が聞こえますか?」

「なんだ?」


 どういうわけか、その名前に反応してしまった。ずっと前から聞いたことある響きに思えた。

「お疲れさまでした。長期間のダイブでリュカ様の記憶があいまいになっていると予想されるため、これから私が今の状況を説明申し上げます。どうか落ち着いて私の話をお聞き下さい」


 俺が寝ていたベッドの隣にある機械から女性の声が聞こえた。振り向くと、それらの機械に接続されたモニター画面には文字が映し出されている。


お疲れさまでした。長期間のダイブでリュカ様の記憶があいまいになっていると予想されるため、これから私が今の状況を説明申し上げます。どうか落ち着いて私の話をお聞き下さい


 どうやら話した内容が文字としても表示されるらしい。


「……お前は?」

「この度お客様の体調管理について担当させていただくニーボスと申します。ダイブから目覚めた搭乗員の皆様と簡単なお話をする役割も務めています」

「ダイブ?」

「説明させていただきます。お客様はこちらの世界でリュカ・ミシュレという名前で生活しておられます。リュカ様は地球からアヴィオールという星に向かって約610光年の距離を私たちが今乗っている宇宙船に乗って移動しています」


 字幕だけのモニターに画像が映し出された。アヴィオールと地球の位置関係を示している。


「人類は高度な科学技術の発展によって、光速に限りなく近い速さで移動することが可能になりました。この宇宙船もそのくらいのスピードでアヴィオールに向かって移動しています。しかし、光の速さに近づくにつれて時間の流れが遅くなるという特殊相対性理論を用いて移動時間を計算したとしても、到着には90年ほどの時間がかかります。私たちはその長い期間をどう過ごすのかという問題を解決する必要がありました。そこで、約1000年前の地球をコンピューター上にシミュレーションすることによって、搭乗期間の約90年の間はその世界で新しい人生を一から始めるサービスを提供させていただきました。1000年前の平均寿命が90歳ほどですから、到着までちょうどよい計算になります。現在の人類のように半永久的に生きられる存在にとっては短い期間のように思われるかもしれませんが、昔の時代で人生を歩むというのはそれだけで貴重な体験になったのではないでしょうか?」


 モニターの説明を聞きながら、俺は感慨にふけっていた。

「90年か……長かったよ、予想以上に。ありがとな、お前の――ニーボスのおかげでだんだん思い出してきた。確かに俺はアヴィオールに向けて宇宙船に乗った。事前にそのサービスとやらの説明も受けて、なんだかワクワクしたのも思い出した。そうか、シミュレーションか……うん、悪くなかったよ」

「私でよければ今後のサービス向上のために感想をお聞かせください」

「感想か」


 自分の人生を振り返ってみようかと思ったが、ついさっきそんなことをしてたのを思い出して恥ずかしくなった。死に際に間抜けな人生だったなと考えるのも、これまた間抜けな男の性分なのだろう。


「悪いことはなかったが、自分がバカらしかったな。特に何かを成し遂げたわけでもないし、何かを人に与えることができた人生でもなかった。ただ、人に迷惑をかけただけの人生だったように思う。何か他の人間と違う特別なことでも起これば、死ぬ寸前も幸福感でいっぱいになるのかもしれない」

「それは、お客様がダイブ前に設定した終末幸福指数による影響が大きいですね」


 ニーボスは聞きなれない言葉を発した。しかし……、俺が設定したらしいものだから、まだ思い出せていないだけだろうか。目が覚めたばかりで、まだ意識がはっきりしない。

「なんだその……終末幸福指数というのは」

「シミュレーション中での人生の最後の瞬間に、お客様が感じている幸福感を百分率で数値化したものです。幸福感というあいまいな指標ゆえにお客様ごとによって感じ方に違いはありますが、平均的な人をモデルにその数値の幸福感で人生を終えるように、その設定が人生全体で違和感のないようにシミュレーションに干渉します。結果として、お客様はその数値に近い幸福感を感じながら人生を終えることとなります。リュカ様の場合は、終末幸福指数を50%に設定されたと記録されています」


 なんだかそういうことをしたような、しなかったような気がする。さてどうだったか。

「そんなこと出来るのか?」

「ダイブした世界はあくまでシミュレーションされたものですから、それほど難しい技術ではありません。あのシミュレーションされた世界に住んでいる人も、この地球アヴィオール間の宇宙船に乗っている152名のお客様以外は実在しないNPCのような存在ですから、こちらが自由に干渉できるようになっています。実際にお客様の指数を100%にすることも、0%にすることも可能です」

「そういや、俺はどうしてそんな中途半端な数字に決めたんだ? 100%に設定するだけで、もっと人生を楽しめただろうに」

「おそらくもっともお得なプランを選ばれたからだと思います。50%は搭乗員全員が無料でご利用いただけますが、数値が50%が離れるごとに追加料金がかかりますから」

「なるほどな」


 なかなか上手い商売してると思った。次使うとき――俺だったら地球への帰り道になるが、今度は少し違った数値を試したいと考えている自分がいる。

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