第77話 そしてモストは冷笑する

 華奏が、わたしが戻って来るまでここから動かないと言ったのなら――華奏がここにいないのは、おかしいではないか。


「ええ、残念でした。だから、連れ去ることにしたんです」

「は……?」


 今、こいつ何て言った?

 連れ去る?

 華奏を?


「光の魔法少女は、本当に貴重な存在なのですよ。魔王に対する最も有効な対抗手段と言ってもいい。ですから、多少強引にでも華奏殿には戦ってもらわねば困るのです」

「あんた……あんたねえ!」


 自分でも驚くぐらい、声が大きくなる。


「そんなことが、許されると思っているの!? 今すぐ華奏を解放しなさい!」

「やれやれ。貴女も欲張りな方だ。わたくしたちの誘いに素直に応じていれば、こうする必要もなかったかもしれないのに」

「なっ……そもそも! 今、芽衣を……魔王をどうにかする必要なんて……!」

「甘いですね、華蓮殿」


 急に顔の高さまで降りてきて、正面に立ちはだかるモストにぎょっとする。


「どうしてあなたが魔王のことを庇うのですか? 現にあなたは、一度魔王と戦った人間でしょう」

「戦った……って……」

「どうして、魔王が今は安全だと言い切れるのですか? 根拠は何もない。現に、源芽衣が魔王の力をその身に宿したのは……世界を滅ぼすつもりだったからでしょう」

「それは……!」


 それは……そうだ。

 そのときはそうだった。

 でも、今は違う。

 今の芽衣には、麻子がいる。

 それに、芽衣は……

 今のあの子は……


「源芽衣は、Aランク相当の魔力をもつ風の魔法少女でした。それ故魔獣たちは怯え、彼女の言うことにも従い、魔王となった源芽衣の配下に就こうとした。その魔獣が、ここにきて活動を活発化させている。それでも、源芽衣が本当に何もしていないと思うのですか?」


 何も……していないよ。

 だって、芽衣がそう言っていたのだから。

 だから魔獣が動いている理由は、きっと別にある。


「華蓮殿。あなたも我々ミラージュに協力すべきなのですよ。あなたなら、トップクラスの戦力になる。魔獣を撃退するぐらい、容易でしょう」

「だったら……だったらなんで、麻子に手を出したの?」


 震える声を、絞り出した。


「……はい?」

「麻子を消したの……あんたたちなんでしょう」

「……いえ、我々は何も」

「それ以上とぼけるつもりなら……本当に燃やすわよ」


 涙目になった目で、睨みつける。

 本気だ。

 たとえこの家が焼け落ちようと。

 こいつは今ここで――殺す。


「ふう……」


 モストは小さく息を吐くと、言った。


「黒瀬麻子は、危険すぎる。Sランクの魔法少女が何と呼ばれているのか、教えましたよね?」


 モストは冷たい目をしていた。


「『災害級』。いるだけで、危険すぎる存在……本来、存在してはいけないものなのですよ」


 そう言ったモストを見て、わたしは肩の力が抜けたような気がした。

 よくわかった。

 わたしは、ミラージュを……潰さなくちゃいけないんだ。


「……やっぱり、あんたたちとは仲良くなれそうもないわね」

「そうでしょうね。ですからわたくしは、お別れを言いに来たのです」

「……お別れ?」

「今回は、貴女を勧誘に来たのではありません。お別れを、言いに来たのです」

「なっ……」


 急に、モストの雰囲気が変わった。

 感情が、無いような。

 まるでこちらのことを、その辺に生えている草でも見るかのように。

 まるで関心など無いように、わたしのことを見ていた。


「華蓮殿。貴女たちは、三人いたから手強かった。三人いるからこそ、我々も攻めあぐねていたのです」


 淡々と話すモストの口調が、やけに冷たく聞こえる。


「ですが、今はいませんよね。黒瀬麻子は」

「!」

「そして、貴女もここでいなくなる……今なら、白雪羽衣の力も必要ない。華奏殿だけでも、十分です」

「どういう……意味よ。あんた一体、何を言ってるの……?」

「言葉どおりの意味ですよ。ですが、理解してもらえなくても結構です」

「……え」


 急に、身体が動かなくなった。

 足が地面に貼りついたように、身動きが取れない。

 いや、それだけじゃない。

 手も、首も。

 自分の身体なのに、全く動かすことができなかった。


「モスト……あんた」

「確か、以前お伝えしましたよね。モア殿にできることは、わたくしもできると」


 モストはわたしの頭上に飛んでくると、まるで見下すように言った。


「わたくしの属性もモア殿と同じく、『地』。わたくしの魔法は、この地に生きとし生けるものの動きを止めることができるのです」

「モス……っ」


 そこまで言って、声を出すことすらできなくなった。

 息はできるものの、呼吸が苦しい。

 まるで地面に固定された銅像にでもなったかのように。

 何も――することができない。


「下手に抵抗しないことです。もっとも、もう動くこともできないでしょうが。大丈夫、華奏殿が魔王討伐に成功したら……そのときは、開放してあげますよ」

「……! …………!!」

「それでは、失礼します。御武運を」


 モストはそう言うと、低い笑い声をあげながら消えていった。


(……!! 早く……! 早く、追いかけないと!)


 華奏が連れ去られて、芽衣の身にも危険が迫っている。

 こうしてはいられない。

 早く、助けに行かないと。

 芽衣に、状況を伝えないと。

 そう思ったが、身体が動かない。


(え……なんで?)


 モストがこの場を離れたら、『地』の魔法も解除されるはず……そう思ったが、動けない。


(まさか、本当に……華奏が魔王を……芽衣を倒すまで、ずっとこのままだって言うんじゃ……)


 じわりと、首筋を汗が伝う。

 華奏の部屋に飛び込んでからすぐにモストが現れたから、この部屋はまだ明かりも冷房もついていない。

 いくら室内とはいえ、こんなところでこのままずっと突っ立っていたら熱中症になってしまう。


(あいつ……!)


 なんとか足を前に踏み出そうとしても、地面に吸い付けられたように動かすことができない。


(……くっそおおおおおおおおお!)


 身体が熱くなる。

 それでも、わたしの身体は……少しも動かせなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る