第76話 樋本華奏は勘付いている
「華奏殿は、固有属性である光属性の魔法少女。闇属性の天敵……つまり、わたしたちミラージュの救世主となるべき存在なのですよ」
「華奏が……光属性……」
「本人にその自覚はなかったはずです。つい先日までは、ね」
モストは、震えるわたしのことなど意に介さずというように、平然と語り始めた。
「わたくしはあなたが東京にいる隙に華奏殿と接触し、魔法少女のことを話しました。意外と驚いていないように見えましたね。ぬいぐるみかと思ったモア殿が、何度も麻子殿の頭の上から落ちそうになるのをこらえる姿を見ていたと言っていましたから。華蓮殿が隠していることがわかって、嬉しいと言っていましたよ」
「……!!」
華奏は、勘付いていたんだ。
わたしが、何かを隠してるって。
でも、よく考えれば当たり前のことかもしれない。
麻子や芽衣と出会ってから、わたしの生活は一変した。
生まれたときからずっと一緒にいる、姉の様子が豹変したら。
何かあったと思うのは、妹なら当然だろう。
「あなたの妹は、初めて見るような澄んだ魔力をしていました。ですから、もしやと思いましたが……まさか本当に、光の魔法少女とは」
光の魔法少女……確かに、華奏にはぴったりかもしれない。
あの子は自分の身体が大変なときから、いつも周りに気を遣って人を引き寄せていた。
麻子や芽衣に比べたら、光属性は性に合っていると言えるだろう。
「ですから、必死に説得したのですよ。あなたには魔王を倒すだけの素質がある。我々と共に、この世界の平和のために戦おうと」
「ちょ、ちょっと……待ちなさい」
「……はい?」
気持ちよく演説しているところを邪魔されて、モストは不満げな顔を見せた。
しかし、今の言葉は聞き流せない。
「あんたそれ……魔王が芽衣の中にいるってわかって言っているのよね? わかっていながら、華奏に魔王討伐のことを依頼したのよね?」
「? もちろん、承知の上ですが」
「……良い性格してるわ。最悪ね、あんた」
モスト……こいつは厄介だ。
姉の友人を討伐しろと、実の妹に依頼する。
そんなのどう考えてもおかしいだろう。
とても人の心を持つ者の所業とは思えない。
モストは人じゃないとか、そういう問題じゃない。
道徳的な問題である。
それに退院したとはいえ、華奏が虚弱体質なのは変わっていない。
そんな子が、体力を大きく消耗する魔法を使いこなして戦うなんて……無茶だ。
絶対に、身体に無理な負担がかかる。
そうなれば、せっかく良くなっている体調が悪化してしまうかもしれない。
それなのに。
何も知らない華奏に。
どうしてそんなことが言えるんだ。
「わたくしは、忠実なだけですよ。アストラルホールのためにどうすべきか。それを第一に考えているだけです」
まるでわたしの思考を読んでいるかのように、モストは応えた。
その態度に、思わずカッとなる。
「だったら……華奏は今、どこにいるのよ!? まさかもう、芽衣のところに向かっているんじゃないでしょうね!?」
「いやあ、そうしたかったのですが……断られました。華蓮殿が戻って来るまで、自分は動かないと」
「は……?」
「わたくしが魔王討伐の話を持ち掛けたとき、すぐに聞いてきたんですよ。『お姉ちゃんと一緒にいた魔法少女は、どういう魔法少女か』と」
「……!」
「わたくしが答えかねていると、矢継ぎ早にこうも言ってきました。『お姉ちゃんと一緒でなければ、自分は戦わない』とね」
モストは大きくため息をついてから、言った。
「全く、光の魔法少女のくせに使命感に欠けています。姉と共にでなければ戦えないとは……そんなに魔王のことを恐れているのでしょうか」
いや……違う。
そうじゃない。
華奏はきっと、勘付いていたんだ。
モストの思惑を。
華奏は、わたしたち三人が魔法少女であることに気付いていた。
だとしたら、疑問に思うはずだ。
どうしてわたしたちが、魔王と戦おうとしないのか、と。
魔王が存在しているのに、何故呑気に毎日勉強会をしているのか……と。
考えられることは、限られる。
例えば――『魔王が身内にいるから』だと。
さすがにそれは考えが飛躍しすぎているとしても、わたしが全く戦おうとしていないのだからその理由を知ろうとしたはず。
モストの話には、きっと何か裏がある……華奏はそれをわかっていたから、モストの言いなりにならなかったんだ。
「そう……さすがは、わたしの妹だわ」
わたしと同じで、明瞭な頭脳を持っている。
華奏は、自慢の妹だ。
「? 何か言いましたか?」
「何でもないわよ。残念だったわね、目論見どおりにいかなくて。華奏は、あんたたちの言いなりになんか……」
そこまで言って、口を閉じた。
いや……それはおかしい。
だったらどうして、華奏はここにいない?
わたしが戻って来るまで、ここから動かないと。
華奏がそう言ったのなら、今もここにいないとおかしいではないか。
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