第71話 樋本華蓮はうなされる

 その日の夜。

 わたしはホテルに帰ると、すぐにベッドに横になった。

 久しぶりに魔法を使ったせいで、疲労が溜まっていたのだろう。

 気絶するように、深い眠りに落ちた。

 そして……夢を見た。

 光と闇が、ぶつかる夢。

 夢の中のわたしは、それを苦しそうに見ていた。

 見ているだけなのに、どうしてこうも胸が苦しいのだろう。

 走っても走っても前に進まないような、もどかしい感覚。

 焦りだけが募っていき、何かを叫ぼうとしたところで――わたしは飛び起きた。


「……夢……か」


 ゆらりと首を動かし、時計に目を向ける。

 午前五時三十七分。

 起きるにはまだ早い時間だ。

 汗を拭いて、もう少し眠ろう……そう思い立ち上がろうとしたとき。

 逆にベッドに倒れ込んでしまった。


「あ、あれれれ……?」


 頭が痛い。顔も熱い。

 視界が歪んで、ぼーっとする。

 これは、もしかして……いや、もしかしなくても。


「……やっちゃった」


 久しぶりに、風邪をひいてしまった。

 幸いそこまで重症ではなさそうだが、身体が重くて起き上がれない。

 初めての東京に、麻子の失踪。変な組織の登場に、久々の魔法攻撃。

 色々な出来事が重なり、わたしの身体は知らない間に悲鳴を上げていたらしい。


「はあ……ほんと、散々な旅行ね……」


 この体調で東京の街をふらふらしたら、わたしはぶっ倒れてしまう。

 こんなところでじっとしてはいられないのだが、やむを得ない。

 東京滞在最後の日だが……今日一日、おとなしくホテルでじっとしているしかないだろう。

 枕元に置いてあるスマホに手を伸ばすと、芽衣に手短に状況を伝え、枕に顔を埋めた。


(……芽衣に……ミラージュのこと、話せなかった)


 昨日のことを思い出して、思考がぐるぐる回る。

 モアの失踪……麻子の失踪……魔獣の活動……ミラージュの目的。

 繋がっているようで、何かがおかしい。

 うまく言えないが、何かが欠けているような気がする。

 何かを見落としているような……何か、そもそもの前提を間違えているような。

 それが何なのかはわからないが、わたしは大きな思い違いをしているような気がしてならなかった。


(とにかく……今は体調を治すことが先決ね……)


 わたしは深呼吸し、ゆっくりと目を閉じた。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ぱち、と目を覚ます。

 いつの間にか、深い眠りに落ちていたようだ。

 何時間眠っていただろうか。

 頭痛はなくなり、熱も下がったように思う。

 やはり、魔力の消費が負担になっていたのだろう。

 一日身体を休めるだけで、体調はかなり良くなった。


「ん~~~……」


 大きく背伸びをして、硬くなった身体をほぐす。

 涎を垂らして眠っていたのだろうか、口元が濡れていたのでパジャマの裾で拭う。

 ぼさぼさになった髪の毛を手櫛しながら、わたしはベッドからゆっくりと降りた。


「あ、起きましたか」

「きゃああああああああああ!」


 寝ぼけ頭に突然声をかけられたわたしは、心臓が跳ね上がりベッドに倒れ込んだ。

 慌てて声のした方を見ると、隣のベッドで、芽衣が壁に寄りかかり本を読んでいた。


「め、芽衣っ!?」

「大丈夫ですか? なんかうなされてましたけど」

「いや、なんでここにいるのよ!? どうやって入ったの!?」

「どうやってって……カードキー、わたしも持ってますし。ここ、ツインルームですよ」

「あ……そっか」


 チェックインのとき、カードキー二枚渡されていたのか。

 なんだかとても恥ずかしい姿を見られた気がする。


「えっと……い、いつからいたの?」

「二時間ほど前からです。華蓮さん、なんか猫みたいにうにゃうにゃ言いながら足をバタバタしてましたよ」

「噓でしょ!?」

「動画見ます?」

「撮ってんの!?」

「いや冗談です。さすがにしませんよ、麻子さんじゃあるまいし」

「…………」


 麻子に対する信用がゼロだった。

 でも確かに、麻子の前で寝顔を晒そうものなら嬉々として撮られる気がする。

 ……麻子の前では、無防備に眠らないようにしよう。


「と……とりあえず顔洗ってくるわ」

「了解です。りんごの皮剥いて待ってますよ」


 芽衣はそう言うと、机の上に置いてあったスーパーの袋からりんごを取り出した。


「……あんたほんとに中学生?」

「はい? どういう意味ですか」

「いや、病人にりんご用意するって……行動がもはやママじゃん」

「誰がママですか。料理はいつも家でしてますから」

「あ……なるほどね。それじゃ……お願いするわ」


 そういえば、芽衣は家でもひとりでいることが多いんだった。

 ということは、家事全般もこなしているのだろう。

 わたしよりも小さいのに、しっかりしてる子だ。

 新幹線のときの麻子もそうだが、最近やたら看護されがちである。

 何故だ。


「……そんなことより、華蓮さん」

「ん? なに?」

「そろそろ、隠してること話してもらってもいいですか?」

「……え?」

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