第69話 ふたつの忠告

 鏡の魔法少女「紅京香」。

 京香の能力は、魔法の反射……しかし、そういうことならある疑問が湧いてくる。


「確かに便利そうな魔法ね……でも、反射するだけって実は大したことないんじゃない?」

「……うん? どうしてそう思うのかな?」


 京香の圧のある声に、びくっとする。

 眠そうな話し方しているくせに、妙に棘がある声。

 ……なんでこんなに怖いんだこの人。


「だ、だって……そんな属性で、どうやって魔獣を倒すのよ」


 ミラージュとは、魔獣を倒すために徒党を組んだ魔法少女たち……瑠奈はそう言っていた。

 それなら、そのトップである京香も魔獣を倒すために戦うはずである。

 しかし、魔獣の攻撃を跳ね返して、それで魔獣を倒せるのだろうか。

 魔獣は、魔法というより物理攻撃パンチで人間のエネルギーを吸い取っていたような……


「おお~鋭いね華蓮っち」

「……え?」

「実際倒せないのよね~跳ね返してもそのまま逃げられちゃってさ」

「……はああああああ?」


 当たり前のように言われて拍子抜けする。

 Aランク魔法少女って、魔獣討伐を苦にしない魔法少女なんじゃなかったの?

 それなのに、魔獣を倒せないって……矛盾している。


「ウチは他の魔法少女よりも遥かに強力な魔力を持っているけど……自分で戦うのに向いてない属性なんだよね。だからウチは、ほかの子が戦うときの補佐をしているってこと」

「補佐……?」

「そ。魔獣が襲ってきても、跳ね返せるように。ウチは戦う魔法少女をサポートできる、最強の盾ってわけ~」

「……なるほどね。それでリーダーぶってるってこと。だったらあんた、ミラージュの魔法少女が戦うときは毎回出しゃばってくるわけ?」

「口が悪い子だねえ。ま、そういうことよ~」

「へえ……」


 ちら、と瑠奈の方を見る。

 さっきから一言も喋っていない。

 力の差を感じたのだろうか、顔を青くしている。


「……ふん、あんたたちはそうやって守ってくれる盾がなければ戦うこともできないってわけね」

「んな……!?」

「言っておくけど……そんなんじゃ、芽衣と戦うなんて土台無理な話よ」


 わたしは瑠奈の方を指さして言った。


「その程度の力しかないのなら……芽衣に手を出すのはやめておきなさい。闇に呑み込まれるのがオチよ」

「あれれ~ウチらの心配してくれるんだ?」


 京香が横から口を挟んで茶化してくる。


「……そんなわけないでしょ。これは忠告よ」

「はは、ツンデレならもっとわかりやすくしたら?」

「…………」


 いちいち癇に障る言い方である。

 やっぱり京香とは気が合いそうもない。

 しかし――京香の魔法は厄介だ。

 京香の鏡魔法は、わたしの炎魔法をあっさりと跳ね返して見せた。

 あの魔法は未知数。

 京香が麻子や芽衣と戦うとどうなるのか、正直わからない。

 闇魔法は、あらゆる魔法を無効化する。

 ということは、鏡魔法相手でも反射されることなく呑み込むことができるのだろうか。

 それとも……


「……とにかく! わたしはあんたたちの仲間にはならない。芽衣と戦うなんて……できないから」

「そっか~残念。ま……それならそれで仕方ないよね?」


 京香はモストの方を見て言った。

 それに応じるように、モストが頷く。


「どうやら……わたくしたちと華蓮殿が手を組むのは、難しそうですね」

「……そうね。あんたたちが何考えてるのか知らないけど……魔獣を討伐するだけの組織なら、わたしも邪魔はしないわよ。むしろちゃんと魔法少女してて、いいんじゃないの」

「も……もちろんです。わたしたちは、魔法少女として正しいことをする組織ですから」


 正しいことをする組織……か。

 瑠奈の発言に、違和感を覚えずにはいられない。

 だって、わたしはまだ一番聞きたかったことを聞けていない。


「うん。魔獣を討伐する『だけ』なら……ね」


 わたしはゆっくりと京香と瑠奈の顔を見比べて、言った。


「でも、そうじゃないなら保証はできないわ」

「保証?」

「あんたたちの邪魔をしない保証、よ」

「……何が、言いたいんです?」

「わからない?」


 わたしは前髪を掻き上げて、睨みつけるようにして言った。


「黒瀬麻子は、どこにいる」

「…………!」


 空気が凍り付く。

 ふたりは、質問に答えない。

 沈黙が、やたら長く感じる。

 今にもお互いに魔法を使おうとする空気の中、瑠奈が小さくつぶやいた。


「……黒瀬、麻子は……」

「あれれ~? 闇の魔法少女さん、どうしたの? もしかして、いなくなっちゃったりした~?」


 無邪気に笑う京香。

 わたしはその顔を見て、確信した。


「……そうなのよ。急にいなくなっちゃってね。あんたたち、何か知ってる?」

「知らない知らない。でもさ~……」


 京香の舐めるような口調に、ひりつくような緊張を感じる。


「もし、ウチらの仕業って言ったら……どうする?」

「……いいえ、関係ないならいいのよ。でも、もしあんたたちの仕業って言うなら……」


 炎を纏った右手の人差し指を京香に向けて、言った。


「骨まで燃やすわよ」


 少しの沈黙が流れ、こめかみから汗が垂れる。


「……ほんと、その炎には惚れ惚れするよ。ウチらの味方になれば、すぐ主戦力になれるのに」

「そう思うなら……この炎に焼き尽くされないように、発言には気を付けることね」


 ぎゅっと手を握り、炎を消す。


「はは……ほんと、魔王の周りは厄介な子ばかりなんだから」


 京香はそう言うと、人差し指を口元に当てて笑った。


「華蓮っち。ウチからも、ひとつ忠告しておいてあげるよ」

「……なに?」

「源芽衣には、気を付けな」

「は……?」


 何を言って……

 言い返す前に、京香はひらひらと手を振って見せた。


「それじゃね、華蓮っち! またすぐ会うことになると思うけど。じゃ~ね~」

「ちょ……今の、どういう意味よ!」


 そう言った瞬間、目の前の空間が歪んだ。

 突然の浮遊感に、一瞬頭がくらっとする。

 気が付くと、わたしはホテルのカフェラウンジに戻ってきていた。

 モストにより、瞬間移動させられたのだろう。


「……なんだったの、もう」


 結局、麻子のことを聞き出すことはできなかった。

 京香のあの態度……ミラージュが関わっていることは、間違いないはずなのに。

 だとしたら、今麻子は一体どこに?


「麻子……あんた、本当に無事なんでしょうね……?」


 そう呟くと、椅子にもたれかかった。

 ……疲れた。

 瑠奈と接触してから、ずっと気を張っていたのだ。

 おまけに、久々に炎魔法をぶっ放したところである。

 ぐったりと背もたれに体重を預けたわたしは、糸が切れたようにしばらく動けなかった。

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