第68話 紅京香の属性は

「……やっぱりあんたも、モアみたいに瞬間移動できるのね」

「もちろん。モア殿にできることは、わたくしもできますから」


 わたしはモストに連れられ、広大な草原に来ていた。

 京香と瑠奈も一緒である。

 周りを見渡してみるが、人の気配は全くない。

 風が吹いて、さわさわと心地よい音が聞こえる。

 ……というか、ここって麻子と芽衣に初めて魔法を披露したときと同じ場所だ。

 麻子の家に行って、そのまま流れでここに来たのを覚えている。

 しかしあのときと違って、今は暑い。

 日陰になるものが何もないので、日光が直接肌を照らし痛いくらいだ。

 こんなところで炎魔法を使うなんて正気の沙汰とは思えないが、仕方がない。

 首筋に垂れる汗を拭いながら、わたしは京香に向かって言った。


「本当に……覚悟はできているのね?」

「いいよ~いつでもどうぞ」


 相変わらず、やる気のない声。

 ひらひらと手を振りながら、にやにや笑っている。

 ……この人、今の状況を理解していないのだろうか。

 それとも、舐められているのだろうか。

 どちらにせよ、こんな態度を取られて冷静でいられるほど、わたしは大人じゃない。

 京香が何の属性か知らないが……目にもの見せてやる。


「ふん、その余裕……いつまでもつんだか」


 ぎゅっと握った右手を前に突き出し、炎を纏う。

 ゆらゆらと揺れる炎の周りが歪み、魔力がどんどん増大されていく。


「……す……すごい……」


 後ろから驚嘆の声が聞こえて、思わず振り返る。

 瑠奈がわたしの炎魔法を見て、たじろいているのがわかった。


「これが……Aランクの炎魔法。こんなにも違うものなのですか……」

「……ふふん、今更怖気付いても遅いわよ。あなたが知る炎魔法は、こんなのじゃなかったってことかしら」

「……っ」


 瑠奈がじりじりと後ずさる。

 どうやら、Bランクの魔法少女とAランクの魔法少女では、格が違うようだ。

 炎の渦を右腕に纏ったまま、ゆっくりと京香に近付く。

 ぶっちゃけ、今の自分めちゃくちゃかっこいいと思っている。自画自賛。


「京香。あんたも後悔しても遅いわよ。ほら、何属性だか知らないけれど……使いなさいよ、魔法」

「ん~……その必要はないかなあ」

「……はあ?」

「確かにすごいよ、その炎魔法は。ウチの知っている炎属性の子じゃ、全く比較対象にならないねえ」


 京香は小さく欠伸を漏らし、くるりと翻り背を向けると、ゆっくり歩きながらわたしから距離を取り始めた。


「ちょ……だったらなんで、そんな余裕ぶっていられるのよ?」

「ん~……試してみればわかるよ」


 京香はひたすら歩いて、わたしから二十メートル近く離れると、両手を開いて無防備に身体をこちらに向けてきた。

 その態度……完全に舐めているとしか思えない。


「あっそ……今更許してって言っても遅いんだから!」


 わたしは両手を前に突き出して、指で三角の構えを作った。


「火祭りシリーズ……其の弐メインイベント……! 送り火・大文字!」


 わたしが一番使いやすいと思っている炎魔法。

 一点集中の豪火で、狙ったところに撃ちやすい。

 だからわたしは、渦巻いた炎を真っすぐ放つことができるこの技を使った。

 手加減は――したつもりだ。

 それでも、無防備な状態でこの攻撃をモロに喰らったら、さすがの魔法少女でも無事ではすまない。

 いったい京香がどうやってこの攻撃を防ぐのか……そう思い、京香の動きをじっと見ていた。

 何が起きても、見逃さないように。

 そのつもりだった。



「は?」



 あまりにも無意識に出てしまった声。

 何が起こったのか、わからなかった。

 確かにわたしは、遠方にいる京香に向かって炎魔法を放った。

 それなのに。

 今、この光景はどういうことだろうか。

 見間違い、ではない。

 火柱が――渦を巻きながら、真っすぐこちらに向かってくる。


「な……なんで!?」


 わたしは反射的に右足で強く地面を蹴ると、向かってくる炎を間一髪で躱して地面に倒れ込んだ。

 まるで予想していなかった出来事に、心臓の鼓動が早くなる。


「はぁ、はぁ……! どういうことよ、今の……!」

「お~上手に躱せたね。偉い偉い」


 いつの間にか近くまで来ていた京香は、地面に倒れたわたしを見下ろしながら笑っていた。


「なにを……したの」

「わからない? ウチの魔法」

「わかるわけ……ないでしょ。なんなのよ、あんたの魔法は」

「これだよ、これ」


 空間を撫でるように触った京香の右手が、反射してキラキラと光っていた。


「ウチの属性は……『鏡』」

「か……鏡?」

「そ。ウチはね。あらゆる魔法を反射することができるのよ」

「反射……!?」


 なんなの……その属性は。

 でも、さっきのは……確かにわたしの炎が、京香の前で跳ね返っているように見えた。

 まるで、鏡が光を反射するように。

 あれは、わたしの見間違いなんかじゃなかったんだ。


「だから、ウチにはどんな魔法攻撃も効かないってわけ。わかった~?」

「……なによそれ……あんたも麻子みたいに無敵タイプの属性ってこと? ほんと……気に入らないわね、そういうの」


 汗を拭いながら立ち上がり、吐き捨てるように言った。

 あらゆる魔法攻撃を反射する……そんなの、魔法攻撃を無効化する闇の上位互換みたいなものではないか。

 麻子といい、京香といい……なんでわたしの周りの魔法少女は、チート級の能力者ばかりなのだろう。

 Aランクの固有属性……瑠奈が慕っているのは、こういうことか。

 しかし、魔法を跳ね返すだけの属性なら……疑問に思うことが、ひとつある。

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