第67話 ミラージュの盟主
瑠奈が三人目の名前を言いかけたとき。
横からぬっと、背の高い人影が現れた。
「やっほ~るなち。おつ~」
「……は?」
気だるそうな声を出しながら現れたその女性を見て、思わず身体が固まった。
そこにいたのが、一目見て苦手なタイプだとわかる人間だったからだ。
髪は明るい茶髪。無駄にでかい胸の脂肪。
ピアスを開けて、派手な見た目。
その割には薄めのナチュラルメイクをばっちり決めており、人当たりがよさそうな外見をしている。
元々の顔面が良くなければ、こんなメイクはできない。
間違いなく、自分がかわいいことを自覚している。
……友達にはなれないタイプだ。
見ただけで委縮してしまい、思わず顔を伏せてしまう。
しかしそれを気取られないように、か細い声を絞り出した。
「……誰よ」
ぼそりとこぼしたわたしの小さな声に被せるように、瑠奈が声をあげた。
「きょ、京香さん!」
「ごめんごめん、講義長引いちゃってさ~待たせちゃったね」
京香と呼ばれたその女は、けらけらと笑いながら無作法に瑠奈の横に座ると、派手なネイルを施した指をわたしに向けた。
「えーっと……この子がるなちが言ってた華蓮って子?」
急に名前を呼ばれてぎょっとするが、目を合わせないようにしながらほんの少し顔をあげた。
「……そうだけど……あんたは?」
「
こ、こいつも魔法少女……見た感じ、大学生だろうか。
身長も年齢も、麻子と同じぐらいに見える。
しかし、この気だるそうな話し方が鼻につく。
「樋本さん。この方が、Aランク三人目の魔法少女ですよ」
「……なんとなく、察しはつくわよ」
「そ、ウチもAランク。同じだね、華蓮っち?」
「か、華蓮っち……!?」
わたしでは考えられない距離の詰め方に拒否反応が出る。
この人とはまともに会話する気になれない。
内なるわたしが、関わらない方がいいと言っている。
偏見かもしれないが、全く信用できない。
しかしそんなわたしをよそに、瑠奈の目は輝いていた。
「京香さんはほんとに凄い人なんですよ、なんたって京香さんの属性は……」
「んん。ちょっと待った、るなち」
「えっ?」
「華蓮っちは、ウチのミラージュに入るってことでいいの?」
……ウチの? 今、ウチのって言った?
その口ぶりに、緊張が走る。
この人……紅京香が、ミラージュ唯一のAランク魔法少女。
わたしたちを駆除対象としている、ミラージュを率いる魔法少女。
京香のふざけた態度に緩みかけていた気を引き締め、拳を握る。
忘れちゃいけない。
こいつらは……ミラージュは。
麻子失踪に、関わっているはずなんだ。
「ウチら、華蓮っちは敵かなって思ってたんだけど……仲間になるっていうのなら、歓迎するよ~?」
「歓迎、ですって……?」
わたしは緊張を抑えるために唾をごくんと飲み込むと、言った。
「……わたしは、芽衣や麻子とは戦えない」
自分を鼓舞するかのように、強い口調でたたみかける。
「魔獣討伐には協力してあげてもいいけど、それだけ。それなら……どうなる?」
「え~……それなら……」
京香が目を細めて、にこりと笑う。
「戦わざるを得ないかもしれないね~」
空気が張り詰める。
さっきまでと変わらない声のトーンなのに。
京香の言葉からは、恐怖を感じた。
しかし、その圧に負けてもいられない。
「ふ、ふん……そのときは、Aランクとやらのあんたがわたしの相手をするわけ?」
「そうだねえ。でも、そうなったらウチが勝っちゃうだろうからな~」
「……は?」
挑発的な言い方に反応して、初めて京香の顔をまともに見た。
いい加減なようだが、嘘は言っていない。
わたしの炎魔法に勝てる自信がある……そんな目をしている。
「……ふーん。だったら、今のうちに試してみる?」
「……え~?」
にやにやと不気味な笑みを浮かべながらわたしのことを見下ろす京香。
体格差に思わず気圧されそうになるが、もしこいつが敵になるのならここでわたしが引くわけにはいかない。
麻子の失踪について、わたしはまだ何も知ることができていないのだ。
わたしと京香は、数秒間黙って睨み合っていた。
「ん~……どうしよっか、モスト?」
京香がモストをぎゅっと抱っこして嬉しそうに言う。
「ふむ……試してみるのもいいかもしれません。わたくしたちも、彼女の実力は見ておきたいところですし……京香殿の力を見れば、華蓮殿も考えを改めてくれるかもしれないですしね」
「……?」
「じゃ~そういうことで。見せてあげるよ、ウチの力」
京香はひらひらと手を動かしながら、わたしに立ち上がるよう促した。
……どうやら、戦うことになりそうだ。
炎の魔法少女として、久々の出陣である。
「……いいわ。望むところよ」
右手の指先で炎の感触を確かめると、わたしはゆっくりと立ち上がった。
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