第57話 源芽衣は頼もしい

 どれぐらいの時間、こうしていただろうか。

 十分? 三十分? それとも、一時間?

 わからないが、わたしにとっては途方もない時間が流れたように思えた。

 全く知らない土地で、ひとりでずっと膝に顔を埋めて座っている。

 このまま芽衣が来なかったらどうしようと、不安で不安で仕方がなかった。

 しかし、それはどうやら杞憂だったらしい。

 聞き覚えのある、可愛らしい声がわたしの名前を呼んだ。


「いた! 華蓮さん!」

「あ……! 芽衣~……!」


 ぱっと顔をあげると、息を荒くした芽衣が目の前に立っていた。

 走って来てくれたのだろう、息が荒い。

 芽衣の顔を見てほっとしたわたしは、またぽろぽろと涙が零れてきた。


「ちょ、ちょっと……大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないわよ! もう! 怖かったんだから!」

「え、ちょっとかわいいですね……じゃなくて。とにかく、華蓮さんが泊まるホテルに向かいましょう。こんなところでじっとしていたら、ますます体調悪くしちゃいますよ」


 芽衣に右手を差し出されて、なんとか立ち上がることができた。


「うん、そうする……って、芽衣は場所わかるの?」

「そりゃわかりますよ、ホテルの名前聞いてますから。え、もしかして華蓮さんわからないんですか?」

「…………」


 何も言い返せず涙目で震えることしかできない。


「あ、いやなんでもないです! 体調悪いんですもんね! ほら、案内しますから行きましょう!」


 芽衣が麻子のショルダーバックを持ち、わたしの手を引いてくれた。

 ……今日はなんでこんな扱いばっかりされているんだろう。

 なんだか惨めになってくる。

 それでも、今は芽衣の手の感触が心強かった。

 芽衣の小さな手をぎゅっと握りしめたまま、わたしはゆっくり歩き始めた。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「おお……すご」


 駅から外に出たわたしは、目の前に拡がる光景に思わず声を漏らした。

 初めての東京である。

 住んでいる町とは違う大都会。

 元気なときだったら、きっとテンションが上がっていただろう。

 しかし、今のわたしには初東京を楽しむ余裕は全くない。

 人波の中をすいすい進んでいく芽衣の手を握りしめたまま必死に歩いていると、ほんの二、三分でホテルに辿り着いた。


「あ……こんなに近かったのね」

「麻子さん、たぶん華蓮さんのためにすぐ近くのホテルを予約してくれたんじゃないですかね。ここなら何かあっても、すぐに休めますから」

「……そうなのかな」


 麻子が新幹線の中でわたしの背中を擦ってくれたことを思い出す。

 慣れない旅行でわたしが疲れてしまうことを想定していたのだろうか。

 しかし、今わたしの隣に麻子はいない。

 本当なら、今頃三人で観光地に繰り出していた時間なのだが……そう思うと、胸がぎゅっと苦しくなる。


 わたしたちはホテルに入ると、チェックインするためにフロントに向かった。

 綺麗でお洒落な雰囲気のホテルだ。

 大理石の綺麗な床に、大きな観葉植物がゴージャス感を醸し出している。

 アロマオイルの良いにおいがして、非日常感を感じる空間に、わたしはちょっとドキドキしていた。

 えっと、ホテルは麻子が予約してくれたから……チェックインするときは麻子の名前を言えばいいんだよね?

 あれ、でもその場合、麻子本人はいないけどいいのだろうか?

 本人確認とか、あるのだろうか?

 いや、そもそも麻子は宿泊することになるのだろうか?

 初めてのことにあたふたしながら、前を歩く芽衣に話しかけた。


「あ、芽衣……麻子の分ってどうすればいいんだろう」

「戻ってくるかもしれませんし……どうせ当日キャンセルはキャンセル料かかります。普通にふたりチェックインしましょう」

「そ、そうね……あ、でもわたし二人分もお金ない……」

「とりあえずわたし払いますから。ほら、麻子さんからもらったスパチャもあることですし」

「あ、うん……ありがとう……」


 お金までも中学生の芽衣に出させる始末である。

 さっきからわたしのメンタルはボロボロだ。

 こんなことなら、わたしは家でじっと留守番していればよかった。

 ……いや、そんな弱気になっている場合ではないだろう。

 麻子がいなくなった今、わたしがしっかりしないといけない。

 よく考えなくても、芽衣はわたしより三つも年下の中学生である。

 だからこれからどうするべきか、わたしが考えないといけないんだ。

 わたしは涙目になった目を擦り、きっと顔をあげた。


「はい、ご予約いただいた黒瀬様ですね。こちらに必要事項をお書きください」

「はい、わかりました……」


 なぜか芽衣がさっさとチェックインの手続きを進めていた。


「ほら行きますよ華蓮さん。部屋は506号室ですって」

「あ……はい。今行きます」


 思わず敬語で返事をして、わたしは芽衣のあとを着いて行った。

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