第58話 樋本華蓮は決意する
「なるほど……スマホも置いていなくなるとは、ただ事ではなさそうですね」
ふたつ並んだベッドのひとつに腰かけていた芽衣が、深刻な顔で呟いた。
芽衣と一緒にホテルの部屋に入ったわたしは、もうひとつのベッドで布団をかぶり、横になったまま新幹線の中で起きた出来事を詳しく説明した。
心理的な要因もあるのだろうか、まだ乗り物酔いから回復できていない。
わたしはベッドに辿り着くと、すぐに倒れ込んで布団をかぶったのだった。
「んん……とりあえず、話を整理してみましょうか」
「整理?」
「はい。まず、今日の麻子さんに変わった様子はなかったんですよね?」
「……うん。なかったわ」
麻子の様子を思い返してみるが、特に変わった様子はなかった。
わたしを置いてどこかへ行ってしまったというのは考え辛い。
というか、乗り物酔いでぜーぜー言っているわたしを置いて自ら姿を消したというのなら、さすがに鬼畜の所業である。
「ですよね。そして、新幹線の中でトイレに行くために席を立ったきり戻ってこなかった……」
「うんうん」
「その間に停車した駅は?」
「……なかった」
「ということは、走っている新幹線の中で荷物を置いたまま消えてしまったと」
「そういうことになるわね」
「……それなら、何かの事件に巻き込まれたとしか考えられないですよね」
「やっぱり!? どうしよう!」
「落ち着いてください。これは、そんな単純な話ではありません」
「……え?」
「わたしたちは魔法少女ですから。麻子さんがいなくなったのは、モアが急に姿を消したことと何か関係があるのかもしれません」
「……? どういうこと?」
「もしかしたら、ですけど」
芽衣は眉をひそめながら、口元に手を当てて思い詰めるように続けた。
「モアが急にいなくなってしまったのも……何者かの仕業なんじゃないかって思えてきたんです」
「それって……麻子が、誰かに襲われたかもしれないってこと?」
「その可能性はあります」
「そんな……なんで今更? それに、麻子が襲われる理由なんて……」
そこまで言って、口を閉じた。
いや、理由ならある。
麻子は――闇の魔法少女だ。
魔王のことをよく思っていない者からすれば、その魔王の力を取り込んでいる芽衣と行動を共にする闇の魔法少女は、危険な存在だと思うかもしれない。
なぜなら……芽衣には、後ろめたい過去がある。
魔王の力を利用して、人間界を終わらせようとした過去が。
「そう……ね。でも、もしそうだとしたら……これからどうすれば」
布団をかぶったまま、じっと天井を見つめる。
いったい何が起きているのだろう。
モアに続いて、麻子も唐突に姿を消した。
本当に、何者かの魔の手が伸びているのだろうか。
布団を握る手に、ぎゅっと力が入り汗がにじむ。
しばらく沈黙が流れたあと、芽衣が口を開いた。
「……もし、麻子さんが何者かに襲われたんだとしても……今、逃げているのか捕まっているのか、やられているのかはわかりません」
そこまで言うと、芽衣は立ち上がりわたしが横になっているベッドに座り直した。
布団を握りしめるわたしの手に、そっと芽衣の手が重なる。
「とにかく、明日から麻子さんを探しましょう。今日は華蓮さんも長距離移動に乗り物酔いでお疲れでしょう」
そう言っている芽衣の横顔は、なんだか無理しているように見えた。
「……芽衣」
「それに、もしかしたら……麻子さんも、ひょっこり戻ってくるかもしれませんし」
「そう……うん、そうよね」
芽衣が、わたしを元気づけようとしてくれているのがわかった。
落ち着いているように見える芽衣も、本心はざわついているはずだ。
当然だ。麻子は、芽衣にとって恩人のような存在でもある。
そんな麻子が、何かの事件に巻き込まれた……芽衣は、いてもたってもいられないはずだ。
(……ごめんね、芽衣)
わたしは芽衣の手をぎゅっと握りしめると、横向きになってゆっくり目を閉じた。
早く体調を回復させて、明日は動けるようにならないと。
そう思ってじっとしているうちに、わたしはいつの間にか眠ってしまっていた。
結局、この日……麻子が戻ってくることはなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その晩、わたしは深夜に一度目を覚ました。
部屋は暗くなっており、芽衣の姿はない。
わたしが眠ったのを見届けて、家に戻ったのだろう。
吐き気はおさまっていたので、仰向けになり暗闇の中で天井をじっと見つめてみる。
ひとりでいるには広すぎる空間に、いつもと違う部屋のにおい。
静かすぎる部屋に響くエアコンと加湿器の微かな音が、少しうるさく感じる。
いつも使っているイルカの抱き枕がないので、布団を鼻が隠れるほどに覆ってぎゅっと握りしめることで、ざわつく胸中を抑えようとしていた。
「……麻子」
ちょっと油断すると、不安で涙が零れそうになる。
でも、このままずっと泣いているわけにもいかない。
もう、十分落ち込んだ。
芽衣の前で、格好悪いところも見せてきた。
だから、弱いわたしのターンはもう終わりだ。
目を閉じると、麻子の顔を思い出す。
もし、本当に麻子が誰かに襲われたのだとしたら。
そうだとしたら……わたしが麻子を助ける。
ごろんと寝返りを打ち、壁のほうを向いたままぼそりと呟いた。
「炎の魔法少女を敵に回したこと……後悔させてやるわ」
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