第56話 樋本華蓮は泣きじゃくる

『……これがSランクの魔法少女? とてもそうは思えませんでしたが』

『不意をつかれた魔法少女はただの人間と変わらないぽん。まともに戦ったら、キミの力じゃこうはいかなかったぽんよ』

『……随分評価しているんですね、この人のこと』

『だからこそ、こんな方法を取らざるを得なかったんだぽん』

『ふーん……でも、思っていたよりも簡単にひとつめの障害を取り除くことができました』

『これであいつにも良い報告ができるぽんね』

『あ、あいつって……まあいいです。それじゃ、この人のことは頼みましたよ』

『了解。こいつはぼくが責任もって……監禁しておくぽん』



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「遅い……」


 わたしは座席にもたれかかったまま、スマホに表示された時刻を見た。

 麻子がトイレに行ってから、既に十五分が経過している。

 もう、あと五分もしないうちに東京駅に着いてしまうはずだ。


「なんで戻ってこないのよ……?」


 もうすぐ目的地に着いてしまうということを意識して、急に不安になる。

 当初の予定では、芽衣が駅まで迎えに来てくれることになっていたが……さっき、麻子は芽衣に集合時間の変更を伝えていた。

 麻子が戻ってこないと、わたしは駅でひとりぼっちになってしまう。


「麻子ぉ……?」


 車両の中を探し回りたいが、今のわたしにそんな元気はない。

 しかし、もう終点はすぐそこまで迫っている。


「なんなのよ……もぉ……」


 わたしがなんとか立ち上がろうとすると、車内に東京到着を知らせるアナウンスが流れ始めた。


『……まもなく、終点東京です。……お降りの時は、足元にご注意ください……』


「え」


 もう、東京駅に着いてしまうらしい。

 それなのに、まだ麻子は戻ってこない。

 周りを見渡すと、既にほかの乗客は荷物棚から自分の荷物を降ろして、下車の支度を始めていた。


「う、うそ……どうしよ」


 わたしは慌てて荷物棚から自分のキャリーバッグを降ろして、麻子にもらった水やスマホをボストンバッグに詰め込んだ。


「ま、麻子……? 早く出てきなさいよ……!」


 声に出して言ってみるが、麻子が戻ってくる気配はない。

 ぞろぞろと降りていく乗客の背中を見ながら、わたしは呆然と立ち尽くしていた。


「……なんで?」


 車両の中に自分だけが取り残されていることに気付いたわたしは、キャリーバッグとボストンバッグの持ち手をぎゅっと握りしめた。

 心臓の鼓動が早くなり、こめかみを汗が伝う。

 周りの景色がかすんで、息が苦しくなってくる。

 思わず倒れそうになるのをぐっと堪えたわたしは、座席に置きっぱなしになっていた麻子のショルダーバッグを脇に抱えると、乗降口のドアから飛び出した。



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「はぁ、はぁ……」


 駅のホームに降り立って、顔をあげる。

 経験したことのない人の群れ。ざわざわと騒がしい雑音が脳に響く。

 せわしない足取りで歩き回る群衆に押されながら、わたしはふらつく足で改札口に向かった。


「麻子……どこぉ……」


 泣きそうになる気持ちを必死に抑えながら、周りを見渡して麻子の姿を探す。

 しかし、それらしき人影は見当たらない。


「そうだ、スマホ……」


 わたしは人波を縫いながら隅っこに行くと、荷物を固めて足元に置き、麻子に連絡をとろうとスマホを取り出した。


「……あ」


 しかしそのとき、床に置いた麻子のショルダーバッグが目に入った。

 ショルダーバッグのポケットに、麻子のスマホが入ったままだ。

 これでは、麻子に連絡をとることもできない。


「ちょっと……なんなのもう……」


 わたしは途方に暮れ、その場にしゃがみこんでしまった。

 ホテルの名前、なんだっけ。

 麻子に任せっきりにしていたから、どこに泊まる予定なのかもわからない。


「こんなことなら……麻子にちゃんと聞いておくんだった」


 麻子、どうしていなくなっちゃったんだろう。

 もしかして、置いて行かれた? 

 わたし、何か悪いことしたっけ? 

 いやいや、それなら荷物を置きっぱなしにするわけない。

 いくらなんでも、スマホも持たずにどこかへ行ってしまうなんてことはありえない。

 それじゃ麻子はどこに……?

 ぐるぐる考え事をしていると、頭がどうにかなってしまいそうだ。

 目に涙が滲んでくる。

 わたしは必死に自分のスマホを操作して、芽衣に電話をかけた。


『……あ、もしもし? 華蓮さん? 大丈夫ですか、体調崩したみたいですけど』

「芽衣~……麻子が……麻子が、いなくなっちゃったあ」

『はい?』


 わたしは、麻子が新幹線の中で姿を消してしまった事の顛末を、芽衣に伝えた。


『ええ……? どういうことですかそれ。走っている新幹線の中で姿を消してしまうなんて……そんなの、魔法でもない限り……』

「わからないよお……」


 ぐすぐすと泣きながら電話してしまったが、不安が強すぎて零れる涙を止めることもできない。

 いつもみたいに強がることもできなかった。


『とにかく、すぐに向かいますから。華蓮さんは、八重洲南口で待っていてください』

「え、どこ……?」

『あー……えっと、改札出てすぐのところにいてください! わたし、そっちに行きますから!』

「うん……わかっ……あ」


 芽衣が来るまで電話を繋げたままにしておきたかったが、わたしが返事をする前に切られてしまった。

 しかし、芽衣がすぐに来てくれるのなら耐えられる。

 わたしは麻子の荷物も抱えたまま改札を出ると、壁にもたれかかって座り込んだ。

 少しでも麻子のことを探しに行きたかったが、この人混みの中をこれ以上歩き回る気にはなれなかったのだ。


「ふぅ……」


 なんとか気持ちを落ち着かせようと、深呼吸をして膝に顔を埋めたときだった。


「……え?」


 鳥肌が立つ。

 思わず顔を上げて、周りを見渡す。

 ぞっとするような、この気配。

 あれ……なんだろう、この感じ。

 懐かしいような……気味の悪いような……

 この感覚は……この、魔力は。


「……魔獣?」


 立ち上がろうとしたが、動けない。

 魔獣の気配がする方角を探ろうとしているうちに、その気配は消えてしまった。


「あれ……気のせい?」


 魔獣はもう、姿を消して活動していないはずである。

 なぜなら、魔獣を統括する魔王の力は芽衣のもとにあるのだから。

 きっと気分が悪いせいで、人酔いを魔獣の気配と勘違いしてしまったのだろう。

 そう思い、わたしは再び膝に顔を埋めた。

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