第55話 最悪の始まり

「あ、来た来た。おーい華蓮! こっちこっち!」

「はぁ、はぁ……ま、待たせたわね……」


 翌日。

 夏休みに入ってすぐのある日、わたしと麻子は東京に向かうため駅に集合していた。

 ふたつのバッグを両手に持ち、ひぃひぃ言いながら麻子の元に駆け寄る。

 結局、キャリーバッグひとつに荷物をまとめることはできず、ボストンバッグも加えて持っていくことにしたのである。


「いや大丈夫だけど……華蓮、荷物多くない? なんでそんな重装備なの?」

「あんたこそ……そんな少ない手荷物で大丈夫なわけ? 三泊四日よ?」


 麻子は、少し大きめのショルダーバッグをひとつ持っているだけだった。

 重さで言えば、わたしの荷物の半分もないだろう。

 カジュアルなシャツとショーパンの格好のせいで、なおさら軽装に見える。

 わたしもそれなりに頑張ってかわいい服を選んだつもりだが、麻子の横に並ぶとなんだか子どもっぽい格好のように思えてしまった。


「いや夏だしそんなに服たくさん要らないし……何かあったら向こうで買えばいいじゃん」

「んな! なによその余裕は!」

「ええ? ……ああ、華蓮もしかしてこういうの初めて?」


 麻子がにやにやしながらわたしの肩に手を回す。


「よしよし、大丈夫だよ。お姉ちゃんが添乗員してあげよう。乗り換えわかる? この電車の次は新幹線だからね?」

「はあ!? 添乗員なんて要らないし! ほら、さっさと行くわよ!」

「ふふ、かわいいなあ。それじゃ行くよ、華蓮」


 麻子はすたすたと改札に向かって歩き始めた。


「あ、ちょ……待ちなさいよ麻子!」


 正直、わたしはどの改札に行けばいいのかよくわからない。

 麻子に置いて行かれないように、重たいカバンを抱えながら必死に麻子のあとを追いかけるのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「うぷ……酔った……」


 新幹線に乗り換えてから、一時間ほど経っただろうか。

 さっきまではわくわくしながら外の景色を眺めたりおしゃべりしたりしていたのだが、今のわたしは項垂れて完全にダウンしていた。


「ちょ、華蓮大丈夫? 新幹線でそんなに酔う子初めて見たよ」

「うるさい……う……しぬ……」

「全然大丈夫そうじゃないわね……顔色悪いよ。ちょっと待ってて、今お水買ってきてあげる」

「うん……お願い……」


 新幹線ってこんなに酔う乗り物だったっけ……乗ったのが久しぶりすぎて忘れていた。

 乗る前にちゃんと酔い止めを飲んでおけばよかったと後悔したが、もう遅い。

 わたしはゆっくり息をしながら、じっとしているしかなかった。


「ほら、お水。一気に飲んだら気持ち悪くなっちゃうから気を付けてね」

「あい……」


 麻子から受け取った水をちびちびと飲み、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。


「よしよし。ほんとにやばかったら言ってよ、エチケット袋あるから」


 麻子がわたしの背中を優しくさすりながら、バッグから袋を取り出した。


「そんな少ない荷物で……準備いいのね……」

「そりゃママだからね、任せておきなさいよ」

「誰がママよ……うう」


 相変わらず訳のわからないことを言う麻子だが、背中をさすってもらっているおかげだろうか、少し気分が落ち着いてきた。

 嬉しいような、ちょっと申し訳ないような気持ちで目に涙が滲んでくる。

 こんな風に他人に弱みを見せることも、親切にしてもらったこともないわたしは、どうしたらいいのかわからず、されるがままだった。

 しばらく背中をさすってもらったわたしは、深く腰掛けてから座席にもたれかかった。


「ありがと……少し落ち着いた」

「よかった。駅に着いたら芽衣ちゃんと合流する前に、先にホテル行って休んだほうがいいかもね。横になったほうがいいんじゃない?」

「うん……そうかも」

「んじゃ、芽衣ちゃんに連絡しておくよ。『華蓮体調不良につき……先にホテルに行くことにするから……集合時間一時間遅らせて』……っと」

「なんかごめん……麻子、あと何分ぐらいで東京つくの……?」

「えーっと……あと二十分ぐらいかな?」

「二十分……」


 それぐらいならなんとかなりそうだ。

 芽衣には悪いが、着いたらしばらくホテルで休ませてもらうことにしよう。


「あとちょっとだよ、大丈夫。華蓮、わたしトイレ行ってくるから。荷物見てて」

「はーい……」


 麻子はわたしの頭をぽんぽんすると、席を立った。

 たったふたつしか違わないのに、完全に子ども扱いである。

 まあ、確かに身長差もあるし、麻子みたいなキャラの人からするとわたしみたいな子は幼く見えるのかもしれないけど……それにしてもママはない。

 でも、麻子のおかげで気分が落ち着いてきた。

 だから、麻子が戻ってきたらちゃんとお礼を言おう。

 そんなことを思いながら、車窓から高速で流れる景色を眺めて麻子を待っていた。


 そう、そのときはすぐに戻ってくると思っていた。


 でも、麻子は……

 どれだけ待っても、戻ってこなかった。

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