第54話 樋本華蓮は準備する

 七月。

 気温はますます高くなり、うだるような暑い日々が続いている。

 それでも毎日なんとか真面目に学校に通い続け、ようやくわたしは高校生活最後の夏休みを迎えた。

 いつもなら夏休みは家に引きこもり、ひたすら勉強すると相場は決まっているのだが、今年は違う。

 明日から、麻子と一緒に東京旅行することになっているのだ。

 しかも三泊四日である。

 バイトをすることもなく、完全お小遣い制のわたしが旅行するお金など持っているはずないのだが、親に話したら交通費と宿泊費はすんなり出してくれた。

 どうやら万年ぼっちのわたしに友達ができたと思っているらしい。

 少し心外な話だが、受験生にもかかわらずぽいとお金を出して遠出を許してくれたことはありがたい。

 芽衣のところに行くことでモアが戻ってくるわけでもないだろうが、良い機会だ。

 こちらから芽衣のところに出向くのも悪くないだろう。

 わたしは、修学旅行のために買って以来全く使っていなかったキャリーバッグをクローゼットの奥から掘り出すと、旅行の準備をしていた。

 ……思えば、こうやって家族以外の人と遠出することは、学校行事を除けば初めてかもしれない。

 ついでに言えば、東京に行くのも初めてである。

 緊張と不安と楽しみが入り混じって、気持ちがはやる。

 友達と旅行に行くときは何を持っていけばいいのかよくわからず、色んなものをバッグに詰め込んでしまう。

 そのせいで服が入らなくなってしまったので、バッグをひっくり返して空にすると、一から準備を始めた。


「……ね、お姉ちゃん」

「華奏? どうしたの?」


 せっせとバッグに服を詰めていると、妹の華奏が声をかけてきた。


「明日から東京なんだよね。いいなあ、わたしも行きたかったなあ」

「華奏はまだ体調万全じゃないでしょ。東京は人も多いし騒がしいし、危ないよ?」

「そんな大丈夫だよ。心配性だなあ、お姉ちゃんは」


 くすくすと笑う華奏。

 そういえば、華奏はわたしと違って友達と某有名ランドに行ったことあるんだっけ……

 見せてもらったパレードの写真がやけに眩しかったのを覚えている。

 わたしも生で見てみたいと思ったが、一緒に行く人がいないので早々に諦めた。

 華奏はわたしの隣に座ると、言った。


「でも、そうだね。今回はお留守番しているよ。友達と行くんでしょ?」

「うん」

「一緒に行くのは、前に家に来てた人たちだよね?」

「そ、前に来てたふたり。ちっちゃいほうが、東京に住んでるの」

「へえ……そうなんだ。それじゃ、この前はわざわざ東京から来てくれてたんだ?」


 ぴた、と準備をするわたしの手が止まる。

 しまった。余計なことを言ってしまった。

 わたしたちの住んでいる町から、東京は近くない。

 普通に考えたら、いくら仲良しでもそんなに気軽に行き来できる位置関係ではない。

 モアがいたから……魔法を使っているから、芽衣は簡単にこっちに来れていたのだ。


「そ、そうね。あの子、ちょっと前まではこっちに住んでたから」

「ふーん……」


 ぐいっとわたしに顔を近付ける華奏。

 何か言いたそうな表情に、思わず目を逸らす。


「あのさ、お姉ちゃん。この前来てた人って……」


 そこまで言うと、華奏は口を結んで首を横に振った。


「……ううん、何でもない。旅行、楽しんできてね」

「う……うん」

「おみやげ! 期待してる!」


 そう言うと、華奏はぱたぱたと自分の部屋に戻っていった。

 なんだったんだろう、今の。

 華奏、何を言いかけていたんだろう。

 わたしは背伸びをして、天井を見ながらぽつりと呟いた。


「おみやげか……何を買えばいいんだろう」

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