第52話 樋本華蓮は負けたくない

「だああ! 芽衣! あんたねえ! なんでこのタイミングでそのアイテム使うのよ!? 嫌がらせ!?」

「ふふん、戦略と言ってほしいですね」


 三人で何戦かやってみたが、芽衣が強すぎて勝負にならなかった。

 麻子は思っていたとおり弱かったが、ときどき謎の強運を発揮してわたしを抜き去っていった。

 最初はめちゃくちゃ下手くそで面白かったのに、あっという間に上達している。


「……これ、あと何回かやれば華蓮には勝てそう」

「やめて! なんでそんな酷いことするの!?」

「酷いって……そういうゲームじゃろ、これ」

「はい! 遊びはここまでね! そもそも今日は勉強会のはずでしょう!?」

「面白すぎる。華蓮負かして泣いてるところ見たいなあ……」

「鬼なの? そんなことして楽しい?」

「それはわたしも見てみたいです」

「芽衣までなに言ってるの!?」


 鬼畜しかいない。

 負けたらどうなってしまうのだろうか。

 まだ、わたしは麻子に勝つことができている。

 次も絶対に負けられない。麻子には、勝つ……!

 そう思ってコントローラーを握りしめたとき。

 コンコンと、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「お姉ちゃん。……入ってもいい?」

「か、華奏!? なに!?」

「お客さんに飲み物入れてきたよ」

「ちょ……ちょっと待って!」


 わたしは手に持っていたコントローラーを放り投げると慌てて立ち上がり、ドアをほんの少しだけ開けた。


「どうしたのお姉ちゃん? そんな隠れるような開け方して」

「そんな気を遣わなくていいから……飲み物ありがと、わたしから渡しておく」

「そう?」


 華奏はドアの隙間から、部屋を覗き込んでいた。

 そんなに中の様子が気になるのだろうか。

 そりゃ、わたしにとって初めての来客を珍しがるのはわかるけど……ふたりとも鬼畜なので、やっぱり会わせたくない。

 麻子が妹ちゃんもおいでーと言っている声が背後から聞こえるが、無視。


「そ、それじゃね。わたしのことは気にしなくていいから」

「う、うん……わかった」


 華奏から奪うように飲み物を受け取ると、パタンと静かにドアを閉めた。


「いやあ、いい子だね妹ちゃん。華奏ちゃん、だっけ?」

「そうだけど……麻子に会わせるつもりはないから」

「えー? そんなひどい。いっぱい可愛がってあげるよ?」

「そういうところが会わせたくない理由なんだけど!」


 にやにやしている麻子の顔が恐ろしい。

 芽衣が少し麻子のことを睨んでいるような気がするか、このふたりの間に割り込む勇気は無いので見なかったことにする。


「いやでも、やっぱり華奏ちゃんわたしに気があるね……さっきもだけど、今部屋の隙間からこっちを見てたときもわたしと目が合ったし」

「はいはい、勘違い乙……」

「いやほんとだって。華蓮からも華奏ちゃんに言っておいて。わたしには芽衣ちゃんがいるけど、かわいがってあげることぐらいならできるよって」

「……絶対会わせないから」


 発言がいちいち不穏である。


「麻子さん……馬鹿なこと言ってないでそろそろ再開しましょうよ」

「芽衣の言うとおりよ。勉強会しないと」

「え? もうゲームしないんですか?」


 そっちかよ。

 芽衣がコントローラーを握りしめたまま悲しそうな顔を向けてくる。


「芽衣……あんたさてはゲームでわたしたちをボコることにハマってるわね……?」


 全く……本当に麻子も芽衣も好き勝手言ってくれる。

 この自由人め。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 結局そのあとも何戦かしてから、わたしたちはようやく勉強会を始めた。

 わたしはなんとか麻子に勝ち続けることができて、面目を保った。

 さすがに初心者の麻子に負けたら立ち直れない。

 芽衣は、最初から最後まで圧倒的強さを誇っていた。

 さすがゲーム実況者……よくわからない変なゲームでRTA始めるだけのことはある。

 わたしが芽衣の勉強を見ていると、麻子が口を開いた。


「あれ? やけに静かだと思ってたけど……もしかしてモア寝てる?」


 麻子が自分の頭の上を指さして言った。


「あ、ほんとだ……珍しいわね、初めて見た」


 指でモアの頬をつついてみるが、むがむが言って全く目を覚まさない。

 ぐっすり眠っているようだ。


「疲れているんですかね。最近はモア、忙しいみたいで。わたしのそばから離れることもちょこちょこありますし」

「は? モア、お目付け役って言っていたのに?」

「そうですね……まあ、たいてい一日もすれば戻ってくるのでそんなに気にはしていないんですが。もしかしたら、もう監視は必要ないと判断し始めているのかもしれませんね」

「あ、なるほど……それで芽衣ちゃんに危険が及ばないのならいいんだけど」

「危険?」

「モアが前に言っていたでしょ。魔王の力を取り込んでいる芽衣ちゃんのことを、良く思っていないものもいるって話」

「ああ、そのこと。それなら大丈夫でしょ」


 わたしは手に持ったシャーペンをくるくる回しながら続けた。


「だって、芽衣に勝てるやつがいるのかって話よ」

「……それは確かに」


 芽衣が魔王の力を取り込んでから、モアはずっと芽衣のそばにいる。

 理由は大きく分けてふたつ。

 ひとつは、芽衣が驚異的な存在とならないか監視して、安全を証明するため。

 もし、魔王となった芽衣が悪意をもってアストラルホールを襲ったらどうなるか……それを危惧したものが、モアに監視の役を依頼したのである。

 そしてもうひとつは、魔王となった芽衣の存在をよく思わないものから、芽衣を守るため。

 なかには芽衣ごと魔王を討伐すべきだとする過激派もいるようで、モアは芽衣のことを見守ってくれているようだ。


「はやくわかってくれるといいわね。芽衣もずっとモアが纏わりついているんじゃ、落ち着かないでしょ」

「いえいえ、いいんです。元々わたしに原因があるいうのもありますし……モアがいることで、わたしは今もこうしてすぐにふたりに会えるわけですし」

「そうだよね。来年はわたしと華蓮もそっちに行くからさ。それまではモアにいてもらおう」

「そんな便利道具みたいに」

「いやいやそうじゃないって。こんなのでも、急にいなくなったら寂しいものよ」


 麻子が頭の上からモアをそっと優しく抱きかかえると、わたしのベッドの上に移した。

 結局その日、モアはずっと眠ったままだった。


 思えば、これはフラグだったのだろうか。


 それから数日後。


 わたしたちの前から、モアが姿を消した。

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