第51話 樋本華蓮も遊びたい
ふたりを案内するために自分の家に向かって歩いていると、すぐ横にいた麻子の頭にモアが乗ってきた。
「うー……それにしても暑いぽん……」
「ちょ、モア。わたしの頭の上で休まないでよ。そんなに暑いのだめなの?」
「だめぽん……この先もっと暑くなると思うと憂鬱だぽん……」
麻子の頭の上で、モアがぐでっと寝そべっている。
モアの半開きの口から涎が垂れているように見えるが、麻子に言うと戦争が始まりそうだから黙っておくことにした。
「やけに静かだと思っていたけど。モア、そんなに暑いの苦手なのね」
「アストラルホールではこんなに気温が高くなることはないんだぽん……氷属性の魔法少女でもいればありがたいんだぽんが」
「あ、それいいかも。冬は炎属性の華蓮がいるから、氷属性の子がいれば夏も冬も快適じゃん」
「なに言ってんのよ。わたしの魔法を暖房代わりにするんじゃない」
「あれ? さっき任せときなさいって言ってませんでした?」
芽衣が後ろから突っ込んできた。
そういえば芽衣の魔法を扇風機代わりにしたような気がする。反省。
「いいなーふたりの魔法は便利そうで。わたしの闇魔法なんて、もう使い道なくてどうしようって思っているんだから」
「まあ、確かにそれは使うことないわよね……」
麻子の闇魔法は、『魔法を無効化する魔法』である。
冬に戦ったときは、わたしの炎魔法も芽衣の風魔法も打ち消していた無敵の力。
凄い力にも思えるが、日常生活で活躍する場面があるかというと、皆無である。
「そうだよ。わたしも華蓮や芽衣ちゃんみたいに普段使える魔法がよかったなあ」
「寝るとき使えるんじゃない? アイマスクみたいに」
「天才か? わたし暗くないと眠れないんだよね」
「いや……それ絶対悪い夢見ると思いますよ……」
「「……確かに」」
そんなことを話しながら歩いているうちに、わたしの家に辿り着いた。
麻子の住むアパートとわたしの家は、すぐ近くなのである。
この時間だと、親はふたりとも仕事に出ているからいないが、華奏は家にいるはずだ。
できればふたりには会わせたくない。
華奏は優しいから、麻子たちに気を遣いそうだし。
扉の前に立ち鍵を開けると、ドアノブを握りしめたままふたりの顔を見て言った。
「それじゃ、開けるけど……絶対家の中で変な事言わないでよね。特に、魔法少女のこととか絶対喋らないでよ」
「言わない言わない。わたしまで頭おかしい人と思われちゃう」
「大丈夫ですよ、言いませんから」
「モアもだからね。わかった?」
麻子の頭の上で寝ころんだままひらひらと手を振って呼びかけに答えるモア。
声を出す元気もないのだろうか。
モアの姿は、普通の人間には認識できない。
だから、モアと会話しているところを見られると、それこそ頭のおかしい人間と思われてしまう。
「よし……それじゃ、開けるわよ」
扉を開けたら、最短距離で自室に向かい、ふたりを素早く部屋に入れる。
そして、華奏にはわたしの部屋に入らないよう念押しする。
しっかり脳内シミュレーションしてから、そっと玄関の扉を開けた。
しかし、そのシミュレーションは全く意味のないものとなる。
「あれ? おかえりお姉ちゃん……え?」
「あ……た、ただいま華奏」
玄関を開けると、ちょうど華奏がアイスを持って自分の部屋に戻るところだった。
最悪のタイミングで扉を開けてしまったかもしれない。
「あ、えっと、その……急で悪いんだけど、ちょっと人を連れてきてて……」
「う……うん。見えてるよ」
「お邪魔しまーす」
「お邪魔するのです」
麻子が後ろからわたしの肩を掴むと、ぐいっと横にずらした。
「かわいー! 華蓮の妹ちゃんだよね。よろしく、わたしは……」
「そ、そういうのいいから! ほら、早く入って!」
わたしは麻子の背中を押すようにして、慌ただしくふたりを連れて部屋に向かった。
華奏が意外そうな顔でわたしたちを見ているようで、恥ずかしい。
顔が熱くなるのを感じる。
「ね……なんか妹ちゃん、じっとこっちを見てなかった?」
「あ、わたしも思いました。なんか麻子さんのことじっと見てるなって」
「やっぱり? もしかして……妹ちゃん、わたしのこと、好き?」
「自意識過剰も大概にしなさいよ! 不審者に見えただけでしょ!」
「不審者!?」
うう、やっぱりわたしたちのこと怪訝そうに見てたんだ
わたしが人を家に連れてくるのが、物珍しかったからに違いない。
「ちょっと華蓮、戻って妹ちゃんにわたしのこと紹介する気ない? いつもお世話になっている先輩ですって」
「するわけないでしょうが!」
わたしは麻子を睨んでから自分の部屋のドアを開けようとして、一瞬躊躇した。
……思えば、家族以外の人間をこの部屋に入れるのは、初めてだ。
モアは人間じゃないから、例外。
大丈夫だよね? わたしの部屋は、割と整理されているほうだと思う。
人を入れても恥ずかしくない……変に思われるような部屋じゃない……はず。
わたしは平然を装いながら、ドアを開けた。
「へー……ここが華蓮の部屋。なんか、思ったよりかわいい部屋だね」
きょろきょろと部屋を見回す麻子。
白を基調とした、落ち着いた部屋。
カーテンもベッドのシーツも、すべて白で統一している。
ベッドの上に置いてあるピンクのイルカの抱き枕は、わたしのお気に入りだ。
寝るときには、いつもこの子を抱きしめている。
基本的に物はあまり置かない主義だが、たくさんの漫画を整理するために大きな本棚が置いてある。
たくさんの少年漫画と、少しの少女漫画。
バトルものの漫画が好きなので、少年漫画の割合が高い。
だから、炎属性の魔法少女になったときはテンションがあがってしまった。
「ちょっと……あんまりじろじろ見ないでよ」
「いやいや、褒めているんだよ。華蓮のことだから、中二病っぽい部屋かヤンキーみたいな部屋の二択かと。それがなに? このまるで女子高生っぽい女子力高めの部屋。どうしちゃったの?」
「ぽいじゃない。女子高生なの」
もしかしたら似合わないと笑われるかもしれないと思っていたので、そんなことなくてちょっと嬉しくなる。
「うん、わたしも良い部屋だと思います。ところで、ゲーミングPCはないんですか?」
「なんであると思ったのよ。ゲームはスイッチだけ」
「おお……良いですね」
心なしか、芽衣の顔が輝いているように見える。
麻子の家にはゲームの類が一切ない。
そのせいだろうか、部屋の片隅に置いてあるスイッチを見つけた芽衣は嬉しそうだ。
さすがゲーム配信で人を集めるブイチューバー。
ゲーマーの血が騒ぐのだろうか。
「ゲームかあ。華蓮はどんなゲームするの?」
「そうね……最近だとマ〇オカートとか」
「お、懐かしい。昔したことあるよ」
「ファミコンのやつ?」
「華蓮、わたしたちふたつしか違わないって知ってる?」
「冗談! 冗談だから!」
麻子の右手に禍々しい闇が渦巻き始めたので慌てて釈明する。
こんなことで魔法使うのは反則である。
「……ま、いいや。やろうよ三人で。芽衣ちゃん、ゲームやりたいんでしょ?」
「え、いいんですか?」
嬉しそうな顔をする芽衣。
「勉強会とは……」
わたしは呆れながらも、箱からゲーム機を取り出して準備を始めた。
……そういえば、華奏以外とゲームで遊ぶのも、これが初めてだ。
わたしは、いつの間にか口角が上がっていることに気が付いた。
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