第49話 魔法少女は集い合う
「はぁ……はぁ……」
麻子のアパートの前に辿り着いたわたしは、膝に手をついて呼吸を整えていた。
まだ六月だというのにかなり暑い。
雲ひとつない青空は気持ちいいが、わたしにとってこの太陽は眩しすぎる。
外を少し走るだけで汗が止まらない。
首筋に伝う汗を拭きながら麻子の部屋のインターホンを鳴らすと、すぐに扉が開いた。
「や、華蓮。おはよ」
「……おはよう麻子」
「一時間遅刻。あと五分遅かったら置いて行ってたよ」
短いホットパンツに白のキャミソールを着て、ケラケラ笑う麻子。
痴女かよと言いたくなる格好だが、陽キャにはこれが普通なのだろうか……わたしには理解できない。
黒瀬麻子――わたしよりも、少し早く魔法少女になった浪人生だ。
魔法少女としての属性は、『闇』。
わたしよりもふたつ年上で、身長が高い。
最近髪型をマッシュショートにして、ますます大人びた外見になっている。
そう、外見だけなら麻子は大人のお姉さんって感じなのだ。
人に好かれそうな美人系。しかし、中身はそうでもない。
ちょいちょい子どもみたいな意地悪を言ってくるし、「あの子」にはいつもデレデレしているし……外見だけならわたしにとっては近寄りがたいタイプの人間なのだが、中身は残念な女なのだ。
「ちょ……待って。寝起きで走ってきたんだから……ちょっとはクーラーの効いた部屋で休ませなさいよ」
「やれやれ、これだから遅刻常習犯は困る」
「いや遅刻したの初めてだし! 誰が常習犯よ!?」
「冗談冗談。思ったより早かったね?」
「からかうのも大概にしなさいよ……とにかく、あがらせてもらうから」
わたしは麻子の部屋にあがりこみ、ソファーに倒れ込んだ。
「あー涼しい……」
熱くなった身体に冷気が刺さり気持ちがいい。
急速に体が癒されていくのを感じる。
うつ伏せで倒れ込んでいると、カーペットに座って問題集を解いていた芽衣が顔をあげた。
「華蓮さんが遅刻だなんて珍しいですね? 寝坊ですか?」
源芽衣――中学三年生の魔法少女。
わたしたち三人の中では一番幼いが、一番魔法少女歴が長い。
魔法少女としての属性は、『風』。
ただし、魔王の力をその身に宿しており、闇属性も兼ね備えている。
どうして芽衣が魔王の力を持っているかは……話が長くなるので、ここでは割愛する。
背中まで伸ばした髪をお団子にしており、麻子とは対照的にかわいらしい見た目をしている女の子だ。
しかし、この子も中身はなかなかにやっかいな性格をしている。
芽衣は「メイル」という名前のブイチューバーとして配信活動をしているが、そこでのキャラは強烈だ。
普段の芽衣からは想像もできないような奇声を上げているし、とんでもない負けず嫌いで視聴者とバトることも少なくない。
かわいい見た目に騙されてはいけないと声を大にして言いたいが、芽衣がわたしたち以外の人間と一緒にいるところを見たことがないので、言う相手がいないのが現状だ。
わたしは寝ころんだまま芽衣の方を向いて返事をする。
「いや、なんか変な夢を見ちゃってさ……」
「夢、ですか?」
「うん……あれ? どんな夢だっけ……?」
嫌な夢を見ていたことは覚えている。
でも、その内容が思い出せない。
「なに? はやくも健忘症?」
必死に思い出そうとしているときに、廊下のほうから麻子の声が割り込んでくる。
「うるさい! 麻子と違ってまだ十代よこっちは」
「は? わたしもまだ十代だが?」
「それもあと数か月の命でしょ」
「消すぞクソガキ」
そんなことを言いながら、麻子は冷えた麦茶を人数分テーブルに置いてくれた。
「……ありがと」
「はいはい、どういたしまして。それより、今日はどこにごはん行く?」
麻子が芽衣のすぐ隣に座った。
肩が触れ合うほど距離が近いが、芽衣は離れることもなく、少し俯いておとなしく座っている。
このふたり、かつて色々あったのだが……芽衣は麻子のことを嫌ってはいないようだ。
麻子がグイグイいくと芽衣も引くのだが、それでもしょっちゅう捕まっては抱きしめられている。
麻子の溺愛っぷりがセクハラの域に達したら止めようと密かに心に決めているが、今のところまだギリギリライン超えは無いと認識している。
それでも、あんな近くに寄って来られたらわたしでもドキドキしてしまいそうだが……芽衣はよく逃げずにじっとしているものだ。
わたしは起き上がると、テーブルに置かれた麦茶で喉を潤してから言った。
「またあの喫茶店でいいんじゃないの?」
わたしと麻子は、週一以上のペースで通っている喫茶店がある。
人が少なくて落ち着けるレトロな雰囲気に、少し甘めの美味しいジンジャーエールを味わえるあの場所を、わたしはとても気に入っている。
「まあね。人多いところ行くの嫌だしね」
「えーまたあそこ行くぽん? たまには新しいお店を発掘したいとは思わないぽん?」
「「思わない」」
「えぇ……」
突然会話に入り込んできた語尾が変な声の主が、わたしたちを魔法少女にした張本人である。
名前は、モア。
異世界『アストラルホール』の住人で、丸々とした可愛らしい白い妖精だ。
モアも相当な自由人で、よく麻子に小言を言っては捕まれて野球ボールのように投げられている。
今は芽衣のお目付け役として、常に芽衣と行動を共にしているらしいが……実際に何をしているのか、わたしはよく知らない。
麻子のベッドの上でくつろいでいるその姿は、悠々自適な自由っぷりだ。
「やれやれ、これだから行動力のない人間は困るぽん」
「別にいいでしょ。そもそもモアと芽衣は言うほどあの喫茶店行ってないんだし、文句言わないの」
基本引きこもりで人混み嫌いの集まりなので、わたしたちの行動範囲はめちゃくちゃ狭い。
特にわたしは、基本的に徒歩圏内の外には出ない主義である。
「じゃ、二時ぐらいになったら行きますか。その方が、お客さんも少ないだろうし」
麻子はそう言うと、ぐいっと麦茶を飲み干した。
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