第48話 樋本華蓮は目を覚ます

 ――夢を見ていた。

 世界中が凍る夢。

 海も山も、建物も。

 何もかもが凍り付いて、世界は終焉を迎えていた。

 そんな光景を冷静に見ている自分に違和感を覚え、これは夢だなとすぐに気が付いた。

 でも、なんだか妙にリアル感がある。

 この景色が、現実のものであるように見えて仕方ない。

 あれ? 本当に、この世界は終わってしまったんだっけ?

 もう、取り返しはつかないんだっけ……?



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「……ちゃん……お姉ちゃん!」

「……ん……んあ?」


 重たい瞼をゆっくりと持ち上げて、目を覚ます。

 なんだか嫌な夢を見ていたような気がするが、寝起きで頭が働かない。

 やっと起きたと言う妹の声が微かに聞こえるが、視界がぼんやりして姿が見えない。


「まだ起きないの? 大丈夫?」


 耳元で声がして、思わず反射的に顔を背ける。


「んー……今日は休日でしょ……?」


 ごろんと寝返りをうち、枕を抱きしめて顔を埋めた。

 愛用の抱き枕がわたしの身体を包み込み、とても気持ちがいい。

 このまま二度寝に突入するのが、至福の時間である。


「もー……さっきからお姉ちゃんのスマホ鳴ってるよ? 今日、何か予定があるんじゃないの?」

「えぇ……?」


 妹に身体を揺らされて、ゆっくりと起き上がる。


「……ん?」


 顔に何かがついている感覚があり、右手で触ってみる。

 触ると同時に顔をあげると、頬を一筋の涙が伝った。


「え? お姉ちゃん……泣いてるの?」

「あ、あれ? わたしどうして……いや、なんでもないよ」


 そう言いながら、枕元に置いてあるスマホを手に取った。

 涙目になった目をごしごし擦りながら、画面をのぞき込む。

 着信履歴……六件。時刻……十一時十五分。


「やば!」


 布団を撥ね退けて飛び起きた。

 今日は約束していた土曜日。

 芽衣が東京からこっちに来て、麻子と一緒に勉強会をすることになっている日だ。

 わたしたちが住んでいるこの田舎町から東京は遠いが、芽衣はしょっちゅうわたしたちに会いに来ている。

 芽衣にはモアがついているので、瞬間移動で簡単に行き来することができるのだ。

 お金も時間もかからず、気軽に行き来できるのは羨ましい。


「あー……今日は麻子の家に十一時集合って言われていたのに……ま、いっか。『今起きた』……っと」


 わたしは麻子に一言だけラインを送ると、伸びをしてストレッチをした。

 今日の天気は快晴。窓から差してくる日の光が眩しい。

 外は暑いんだろうなと思い窓から遠くを見ていると、大きなあくびが出てしまった。


「……お姉ちゃん、なんだか楽しそう。もしかして、彼氏でもできたのかな?」

「は、はあ? そんなわけないでしょ……友達……仲間……いや……手下? みたいな存在ができただけよ」

「みたいなって……なにそれ」


 くすくすと静かな笑い声を漏らす華奏かなで。

 分厚くまっすぐに切り揃えた前髪から覗く目が、楽しそうに笑っている。

 華奏は、わたしの妹だ。フルネームは、樋本華奏ひのもとかなで。

 わたしの三つ年下で、今は中学三年生である。

 つい最近まで病院に入院していたのだが、今はこうして家で一緒に過ごすことができている。

 体が弱く、今も通院生活が続いてはいるものの、少なくとも命に別状はない。

 ずっと学校を休んでいたのでふさぎ込んでしまわないかと心配していたが、華奏は人望が厚いのかすぐに学校生活に馴染んでいた。

 なかなか学校に行けていなかった華奏にあんなに友達が多いのは、少し複雑な話だが……そんなことでわたしは傷ついたりしない。

 妹はわたしのことを尊敬しているようだし、懐いてくれている。

 だからわたしも妹のことが大好きだし、守ってあげたいと思っている。

 その思いが強すぎて、冬にはあんなこともあったけど……今となっては関係ない話である。

 今はもう、魔獣もいないのだ。

 だからわたしはあのとき以来、魔法少女として戦ったりなどしていない。


「それよりいいの? そんなにのんびりして。何か約束があったんじゃないの?」

「大丈夫大丈夫。ちゃんとラインしといたし。あ、ほらもう返信きてる」


 わたしはスマホをタップして、麻子からの返信を確認した。


『うーす。今日はもう来なくていいぞ』


「ひどっ! なんなのこいつ!?」


 わたしは泣き顔のかわいい猫のスタンプを押してからすぐに返信した。


『すぐ行くから! 待ってて!』

『これからわたしは芽衣ちゃんとデートとしゃれこむ』


 むかつく顔をした変な鳥が笑っているスタンプと一緒にふざけたラインが返ってきた。


「はああああ!? わたしもごはん一緒に行くって! 置いてかないでよ!」


 わたしはスマホをベッドに放り投げると、洗面台に走り急いで出かける支度を始めた。

 全く……性格悪いんだから、麻子のやつ!

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