第44話 麻子と華蓮は語り合う②

 二杯目のジンジャーエールが入ったグラスを手に持って戻ってきた華蓮を見て、わたしは言った。


「ほんと好きだね、それ。そんなに美味しいの?」

「ここのジンジャーエールは最高よ。てか、麻子こそコーヒーばっか飲んでるじゃん」

「ん、確かに」


 そんなどうでもいい会話をしながら、華蓮はストローの入った袋を破ると、レモンの刺さったお洒落なジンジャーエールを美味しそうに飲み始めた。

 幸せそうな顔をしている。


「それで、話は戻るけど……華蓮、メイルたんの配信結構見てるんだね。さっきの、ゲームで負けたときの話って、つい最近の配信じゃん」

「時々よ。わたしだって、あんなことがあった後だし……知人の配信ともなれば、気になるのは当然でしょ」

「それはそうだけど。華蓮は芽衣ちゃんのこと、好きじゃないって思っていたからさ。素直に配信見てるのはちょっと意外」

「好きじゃないわよあんな子。でも」


 そこまで言うと華蓮は、わたしから目を逸らし、窓の外を見ながら続けた。


「でも、あの子は……芽衣は、わたしに似てるところがあると思ったから。なんというか……放ってはおけないわよね」

「……華蓮」


 意外と、華蓮と芽衣は話し合えば仲良くなれそうな気がする。

 ある意味似たものコンビ。

 今はお互いいがみあっているかもしれないが、わたしが間に入れば仲を取り持つこともできそうだ。


「ま……でもあんな人気者になっちゃったら、もう芽衣とわたしが話すことは叶わないかもしれないわね」

「そんなことないって。メイルたん、配信ではちゃんと返事してくれるし」

「え、まじ? そうなの?」

「うん、アーカイブ見る?」


 わたしはスマホを取り出すと、最近の配信を見せた。


『……で……あ、今回はうまくいきましたね! あ、黒の魔法少女さん。いつもスパチャありがとうございますなのです』


「スパチャ投げてるじゃん!」


 華蓮がいきなり机を叩いた。


「ちょちょ、どうしたの華蓮急にそんな大声出して。お店の迷惑でしょうが」

「はっ、つい……じゃない! なにしてんのあんた!? なんで芽衣にスパチャ投げてんの!?」

「だってかわいいし好きだし……」

「だってじゃないわよ。あんたねえ……返事ってこれ? しかも黒の魔法少女って……さすがに芽衣もこれが麻子だって絶対気付いてるでしょ」


 頭を抱えながらジンジャーエールに刺さったストローをくるくる回す華蓮。


「メイル……というか芽衣も、よくこんな普通にお礼言えるわね……」

「ね。最近慣れちゃったみたい。前はもうちょっといじらしい反応してくれたのに」

「慣れるほどスパチャ投げてんの? やば」


 呆れたように溜息をつく華蓮。


「はあ……それじゃ麻子はこれからも芽衣のこと追いかけるってわけね」

「もちろん。今年も時間はたっぷりあるからね」

「あ……そ、そっか」


 華蓮が気まずそうに俯く。


「華蓮が気にすることじゃないでしょ、もう気にしてないから、わたし」

「そ……そう? てか……あんたも散々ね。また浪人することになるなんて」


 そう、結局今年もわたしは受験することなく春を迎えたのであった。

 二年連続で受験日当日を病院のベッドの上で迎え、二浪目に突入したところである。

 さすがに最初は落ち込んだが、今は何故だが一浪目のときよりも心が落ち着いていた。


「来年こそ受けるんだよね? 東大。芽衣もメイルの配信内容聞く限り、東京にいるっぽいし」

「まあね。二浪もしたらもうそこしかないかな」

「いやでも考え方次第では良かったかもよ? ほら、来年はわたしも受けるし。麻子、大学生活ぼっち回避できるじゃん」

「ぼっち回避できてラッキーなのは華蓮でしょうが」

「うぐ」

「ま、ふたり揃って合格出来たらそのときはよろしくと言っておくよ」


 わたしがコーヒーを飲みながら言うと、華蓮は嬉しそうに言った。


「大丈夫! 絶対合格できるようにわたしが勉強教えてあげるから! 何が苦手!? 数学!? 英語!?」

「うるさっ。華蓮に教えてもらうことなんて何もないから」

「そう? 二年も経つと脳みそ老化してない?」

「殴っていい?」

「よくないし!」


 このクソガキ、やはり礼儀というものを教えてやらなければいけないような気がする。


「もー、せっかく勉強会しようと思ったのに……」

「ん? なに華蓮そんなにわたしと一緒に勉強したいの?」

「は、はあ? 違うし。あんたのためにしてあげようと思って言ってみただけ!」


 華蓮がズズズと勢いよくジンジャーエールを啜る。

 ふてくされたような顔を見てもっと意地悪したくなってしまうが、あんまりいじめるのもかわいそうなので話を合わせてあげることにする。


「勉強会ねえ……ま、たまにはそれもいいかもしれないな」

「そ、そうでしょ!? だったら」

「勉強会、わたしもお願いしたいのです」

「ほらね、だから……え?」


 隣の席から唐突に紛れてきた声の方向に、ふたり同時に視線を向ける。

 小さい女の子のシルエット。

 紅茶を飲んでいるその姿は、わたしが探していた姿。

 そこには、いつの間にか芽衣が座っていた。

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