第43話 麻子と華蓮は語り合う①
異世界「アストラルホール」での戦いから、数か月が過ぎた。
桜が舞う季節。雪はすっかり溶けて、春らしい麗らかな日差しが眩しい。
そんな心地の良い日差しを直に浴びることができる窓際の席で、わたしはゆったりと椅子に深く腰掛け、コーヒーの香りを楽しんでいた。
うん、やっぱりこの喫茶店は落ち着く。
相変わらず客は少ないが、そのお陰で時間をきにせずのんびり過ごすことができる。
優雅にコーヒーを一口啜ったところで、目の前に座っている女の子が話しかけてきた。
「……で? あれから、あの子には会えたわけ?」
声の主は、華蓮である。
前にここで鉢合わせた時と同じように、ジンジャーエールを飲んでいる。
わたしと華蓮は、すっかりこの喫茶店の常連となっていた。
「あの子って?」
「芽衣に決まっているでしょ。あの魔王のことよ」
華蓮は頬杖したままわたしの前に置かれた皿に手を伸ばし、積み上げられたポテトを摘まむと口の中に放り込んだ。
相変わらず、人の注文したものを勝手に食べる子である。
しかし今のわたしにとって、何の気後れもなく話すことができる華蓮は、ありがたい存在となっていた。
「いんや、全然。やっぱりもう、この町にはいないみたい」
熱いコーヒーを、ずずずと飲みながら答えた。
「そう……じゃ、結局麻子もあれから一度も会えてないのね」
「そういうことになるね」
コーヒーカップを机に置き、わたしはあのときのことを思い出していた。
あのとき……わたしが気を失ったあとの話は、華蓮に教えてもらった。
アストラルホールで気を失ったあと、華蓮とモアがわたしと芽衣を病院に運んでくれたそうだ。
原因不明の昏睡状態ということで、ふたりともそのまま即入院。
華蓮は時々わたしの様子を見に来てくれたそうだが、全く目を覚ます気配がなかったらしい。
わたしは入院してから丸一週間目を覚まさなかったということだから、魔力の使い過ぎは恐ろしいものだ。
目を覚ましたあとも、しばらくは体が重くて仕方なかった。
退院できるようになったのも、目を覚ましてから三日後である。
本当なら、目を覚ましてからすぐにでも芽衣に会いに行きたかった。
しかし、わたしが覚醒したときには既に芽衣はこの町から姿を消していたのだ。
芽衣の家はそのままだったが、引っ越ししたということで、人の気配はなかった。
「芽衣のやつ、あんな好き勝手して勝手に姿をくらますなんて……わたしたちに、何か言うことあるでしょって感じ」
華蓮が少し怒ったように言う。
しかし、華蓮の気持ちは尤もだ。
気を失った芽衣を病院に運んだのは、他でもない華蓮である。
華蓮からしてみれば、芽衣は倒すべき存在だった。
魔王と化した芽衣を討伐すれば、モアに願いを叶えてもらえるかもしれないからだ。
つまり、華蓮にとっては絶好のチャンスだったと言える。
しかし、華蓮は気を失った芽衣を病院へと運んだ。
そんな華蓮の言葉を、否定することなどできるはずもない。
「結局魔王の魔力は芽衣の中に残ったままなんでしょ? それって危ないと思うけどね、わたしは」
「まあ……ね」
わたしもポテトを口に放り込んで、齧りながら言った。
「でも、もう華蓮にとっても魔王を倒す意味はないんだし……見守ってあげていいんじゃないかな」
口の中のポテトを飲み込んで、華蓮の方を見て言った。
「妹ちゃん、今も元気にやってるんでしょ?」
「ん……まあ、ね」
あの日……わたしたちがアストラルホールへ向かった日。
華蓮の妹は、急に容態を悪くしたそうだ。
それで手術することになったということで、華蓮は慌てていたのだ。
しかし、手術は無事に成功。華蓮の妹は四月には退院し、今も病院に通ってはいるものの、元気に学校に通うことができているそうだ。
結局、モアや魔法に頼ることなく妹は病気に打ち勝つことができたのだ。立派なものである。
「ふふん、芽衣は命拾いしたわね。もしものことがあったりしたら、魔王はわたしが焼き尽くしていたところよ」
「はいはい。返り討ちに遭わないといいけどね」
「む。あんな子にわたし負けないし」
華蓮が頬を膨らませ、ジンジャーエールのストローを咥える。
こうして見ると、本当に子どもっぽくてなんだかにやにやしてしまう。
ちょっといじめたくなる。
「それにしても、今頃何やってるんだかね、あの魔王は」
「ね……でも、元気でやってることは間違いないんだし。今の芽衣は、大丈夫だと思っているよ」
「ああ……メイルでしょ。最近人気みたいじゃん」
そう。あのあとメイルは、復活しているのだ。
しかも、今度は静止画ではなく、動く身体を手に入れて。
正直、メイルが復活するかどうかは五分五分だと思っていた。
芽衣にとって、メイルも大事な居場所ではある。
しかし、芽衣自身が「芽衣」と「メイル」を切り離して考えてしまった以上、このまま引退してしまうことも覚悟していた。
もし、転生して別のブイチューバーとして活動するのなら、絶対探して見つけようと思っていたほどだ。
しかし、かなりかわいい2Dモデルの身体を手に入れて復活したうえ、ますますキレを増したキレ芸にメイルの人気は急上昇。
今や、チャンネル登録者数は三万人を超えていた。
あのとき、芽衣がわたしの言葉をどう受け取って、今、どんな思いでメイルとして活動しているのか……本人に確認したいが、今では確かめる術はない。
でも、少なくとも今の芽衣は前とは違う。
それは、配信の様子を見ていればわかる。
「わたしも麻子に教えてもらってから見てみたけど。あんなキレ散らかしている姿見て、よく視聴者はみんなかわいいかわいい言ってるわね? 甘やかしすぎでしょ」
「あー、確かに初心者はその豹変っぷりにびっくりしちゃうかもしれないね。そこがいいところなんだけど」
「なにその上から目線。きも」
「うわ、口悪いなあ。なんてこと言うの」
「いや、メイルよりマシでしょ。この前なんて、ゲーム負けたとき『こいつ切り刻んでやる!』って泣き叫んでたし。あの子の場合、それが実現できちゃうからね?」
「大丈夫だよ、かわいいもん」
「………………」
ガチで引くのはやめろ。何言ってるんだこいつみたいな顔するのやめなさい。
少し考える顔をしてから華蓮が口を開いた。
「んー……わたしもコメント書き込んでみようかな。『姿見せろ源芽衣!』ってさ」
「そんなことしたら今度こそ世界終わらせるんじゃない……?」
いくらなんでもブイチューバーの配信で中の人の本名を書き込むとか最低以外の何ものでもない。
発狂して暴風で壊滅させられそうである。
「はは、ありそう」
苦笑いしながらストローを咥える華蓮。
「ま、さすがにそんなことしないけど。あの場所は、今の芽衣にとって大事な場所なんでしょ」
華蓮はジンジャーエールを飲み干すと、追加の注文をするためだろうか席を立った。
……華蓮、意外と気配りのできる子である。
メイルたんとしての芽衣の配信を壊してしまうような、無粋なことはしないということだ。
普段はクソガキのくせに、こういうところはちゃんとしているから愛おしい。
華蓮のこの性格も、いろんなことを考えすぎてしまうからかもしれない。
不器用な性格している子だ。
そんなことを思っていると、華蓮は二杯目のジンジャーエールが入ったグラスを手に持って戻ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます