第42話 黒瀬麻子は伝えたい

「全部……麻子の作戦どおりだ」


 華蓮が、右手を天に向かって突き上げた。


「……?」

「頭上注意」


 芽衣が華蓮の指さす方向に目を向ける。

 そこには、小さな火の玉が浮いていた。


「う、そ」


 芽衣がそう呟いた瞬間だった。

 華蓮が右手を振り下ろす。

 同時に、小さな火球が高速で落下した。


「火祭りシリーズ……其の伍フィナーレ! 『流れ星メテオ』!」


 さっき見た魔法に比べたら、全然大したことのない小さな炎。

 でも、芽衣の意識の外から放たれた電光石火の早業は……さっきの大技よりも、遥かに効果覿面だった。

 ドン、と鈍くて重い音と共に、地面が揺れる。


「きゃあ!」


 可愛い悲鳴をあげて仰向けに倒れる芽衣。

 わたしは闇の魔法を使っていたから、闇の中に身を置くということがどういうことかわかっていた。

 単純に、暗いのだ。

 暗いということは、身を隠せるというメリットもあるが……同時に、大きなデメリットでもある。

 自分の闇のせいで、周りの状況がわからなくなるのだ。

 自分を闇で覆いガードするということは、自ら視界を奪うことに等しい。

 サングラスをかけたときよりも、遥かに視界が悪くなる。

 戦闘中にサングラスなんかかけていたら、どうなるかは明々白々だろう。

 反応が、圧倒的に悪くなるのだ。

 闇魔法に慣れていない芽衣は、猶更である。

 だから、芽衣は上空を明るく照らす火の玉の存在にすら気が付かなかった。


「んぐ……!」


 なんとか起き上がろうとする芽衣だが、華蓮と話を合わせていたわたしの反応のほうが速かった。

 倒れた芽衣に素早く馬乗りになり、足を絡めつつ、両手首を押さえつけて抑え込んだ。


「ふー……やっと捕まえたよ、芽衣ちゃん」

「ど……どいてっ……!」


 芽衣は呻きながらわたしを撥ね退けようとする。

 いや、撥ね退けようとしているように見えると言ったほうが正確だろう。

 芽衣は、地面に押さえつけられたまま全く動かなかった。


「う、動けない……なんで……?」

「なんとかうまくいったぽんね」


 ふわりと上空からモアが現れる。


「モ、モア……!」


 芽衣が目線だけモアの方に向け、歯を喰いしばる。


「ちょっと遅いよモア……でもまあ、ナイスアシスト」


 そう、モアの魔法の仕業である。

 誰も覚えていないだろうが、モアの属性は地属性。

 地面にいるものなら完全に動きを止めることができてしまう、チート性能。


「う、うう……!」


 動けない芽衣の右手に風が渦巻くが、わたしはそれを闇で包み込む。

 芽衣の両手を闇で包んで、魔法を使うことさえ封じてしまえば……こうなってしまえば、芽衣はもうただの女子中学生だ。


「あなたたちの負けです……ってさっき言ってたけど」


 鼻が触れるぐらいずいっと顔を近付けて、言った。


「わたしたちの勝ちだったね、芽衣ちゃん」

「……どいて! どいてよ!」

「口調変わっているよ。どくわけないでしょ。こんなおいしい場面、なかなかないんだから」


 動けない芽衣の右手をにぎにぎ握ってやると、芽衣が顔を赤くして叫ぶ。


「なん……なんなんですかあなたは! こんなことになっても! どうして! そんなに呑気に……!」


 声を荒げる芽衣を見下ろしながら、ぶわっと右手を振り上げる。

 涙目になった芽衣が、ぎゅっと目を瞑る。叩かれると思ったのだろう。

 わたしはその瞬間更に顔を近付けると、芽衣の唇を奪った。


「は」

「え」


 モアと華蓮の間抜けな声が聞こえたような気がしたが、気にしない。

 無抵抗の人間を好きにできるなんて最高である。

 ましてやその相手が芽衣となれば気分も高まるというものだ。

 数秒の間芽衣の唇を堪能してから、そっと優しく離れた。


「んな……にゃ、にゃにをするのでふか!?」


 芽衣が顔を真っ赤にする。

 それでもモアのせいでミリも動けない芽衣が愛おしい。


「芽衣ちゃん……芽衣ちゃんはわかってないよ。わたしが芽衣ちゃんのこと、ちゃんと大好きだってこと」

「だからそれは……メイルであってわたしじゃ……」

「確かに、芽衣ちゃんを見るときにメイルたんのことを重ねていたよ」

「だったら……!」

「でも、それっていけないこと?」

「え」

「そんなの……ただのきっかけに過ぎないからね。わたしはまだまだ芽衣ちゃんのことを知らない。だから……これからもっと仲良くなりたいと思ってるよ」

「これから……って……」

「そ。だからわたしは逃がすつもりなんてないから。それに」


 わたしは芽衣の長い前髪をかき上げて、顔がよく見えるようにしてから言った。


「ガチ恋勢っていうのはね……中の人も無条件で好きになっちゃうものなんだよ」


 一瞬目を丸くしたあと、芽衣が苦笑いした。


「……厄介オタクじゃないですか、それ」

「はは、そうかもね……」


 わたしは苦笑いしながら、芽衣の頬に手を当てて言った。


「だから、この世界を壊そうとするのなら……その前に、自分が作り出した世界にけじめをつけることね。そこはもうあなただけの世界じゃない。それまでは勝手なことなんて……わたしが許さないんだから」

「……う」


 芽衣がさらに顔を赤くして、複雑そうな顔をする。

 わたしはそれを見て、言った。


「ごめん芽衣ちゃん、わたしもう限界みたい」

「げ、限界って……え、え、え」


 わたしはゆっくりと倒れこみ、慌てる芽衣の顔に自分の顔を近づける。

 限界なのは、理性が……ではない。

 体力が、だ。

 わたしは残った力を振り絞り、芽衣の顔を自分の闇で覆った。


「……おつめる」


 わたしはその場で、こと切れたように倒れこんだ。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 次に目覚めたときに目に飛び込んできたのは、見知らぬ天井だった。

 ……否。見知らぬ天井ではない。

 正確には、懐かしい天井。

 病院独特のにおいが、わたしが病院のベッドにいることを教えてくれた。


「……あれ……わたしどうして」


 わたしは身体を起こそうとしたが、動けなかった。

 やけに身体が重い。

 魔力を使いすぎたせいだろうか。どうしてここにいるのか、全く思い出せない。

 芽衣は? 華蓮は? 

 ……あのあと、わたしどうなったんだっけ?

 首より上を動かして、周りを見渡す。

 誰もいない……でも、見覚えのある光景。

 間違いなく、一年前にわたしが入院していた病院だ。

 嫌というほど見てきた光景に、記憶が混乱してしまう。


「……夢……じゃないよね?」


 これまであったはずの出来事を、頭の中で思い返す。

 何分かかけてなんとか無理やり身体を起こすと、机の上にメモが置いてあることに気が付いた。

 そのメモには、電話番号と伝言が記されていた。


『目を覚ましたらすぐに電話すること。華蓮』


「……夢……じゃなかったか」


 華蓮がさっきまでここにいたのは間違いない。

 何かあって席を外しているのだろうか?

 ほっと一安心し、壁にかけてあったコートのポケットから自分のスマホを取り出して電源を入れた。


「……ん?」


 何やら幻覚が見えたような気がする。

 いやいやまさか、そんなわけ。

 わたしは目を擦って、もう一度スマホ画面を凝視した。

 スマホに表示された日付は、受験日の一週間後の日付だった。


「……………………」


 わたしは一分ほどスマホの画面を見つめたあと、ゆっくりとメモに書かれた電話番号をタップし始めた。

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