第41話 闇VS風VS炎

「……おおおおおおお!」


 ひゅんひゅんと空気を切り裂く風の中を、闇の魔法で打ち消しながら芽衣に向かって走り続ける。

 正直、息が上がってかなり辛い。

 今すぐにでも立ち止まりたい。

 でも、『黒幕』を消すわけにもいかない。

 そんなことしたら、すぐに芽衣の風に飲み込まれておしまいだ。

 大丈夫、芽衣の風魔法になら押し負けていない。

 わたしの闇で、完全に無力化できている。これなら……いける。


「わからせてあげるよ……芽衣ちゃん!」

「っ……それ以上……近付かないで!」


 芽衣が両手を大きく動かし強風でわたしを吹き飛ばそうとする。

 でも、わたしは怯まない。ここで決める。

 これ以上長引いたら、わたしはきっと芽衣を止められない。

 もう、出し惜しみしている場合ではない。


「『大・黒・幕ブラインド』!」


 足を止めることなく、広大な闇を拡げて芽衣の風を丸ごと呑み込む。


「んな……!?」


 芽衣が思わず後ずさる。

 いきなり目の前に暗闇が拡がれば無理もない。

 急に目の前が真っ暗になり視界を奪われる……そんなの恐怖以外のなんでもない。

 だからこそ、芽衣を怯ませることができる。

 もう少し……! わたしがそう思った瞬間、芽衣の声が聞こえた。


「でもね……麻子さん」


 芽衣の口元が不敵に笑ったように見えた。


「そこはもう、わたしの射程範囲内ですよ」

「え」


 ゾクっと背筋が寒くなる。

 自分の暗闇で芽衣の魔法を打ち消しながら走っていたから、気が付かなかった。

 よく見ると、わたしの周りを取り囲むように、無数の黒い風の渦が浮いている。


「な……に、これ」


 やばい。

 直感的にそう思った。


「これなら……見えなくても関係ないですからね。ごめんなさい、麻子さん」


 芽衣がすっと手を下ろす。


「『黒風鎌鼬……おろし』」


 ぼっ、と空気砲でも撃ったかのような心地よい音がした。

 しかし、呑気に構えている場合ではない。

 周りを取り囲んでいた黒い鎌のような風が、一斉に無造作に襲ってきた。


「……っう!」


 咄嗟に『黒幕』で自分を覆いガードしようとする。

 でも、足りなかった。

 背中に隙間ができてしまっていたのだろう。

 やば、と思ったと同時に、身体に衝撃が走った。


「いっ……たあああああ!」


 ほんの僅かだが、背中に風の刃を受けてしまった。

 お気に入りのコートが切れたかもしれない。

 いや、それどころではない。背中が痛すぎる。

 飛びそうになる意識をなんとか保つが、足がもつれその場に倒れこむ。


「後方注意……ですよ、麻子さん」


 芽衣が息を荒くしながら言う。


「後方注意……ね」


 わたしは倒れながらも、にやりと笑って続けた。


「それ……そのまま返すよ」

「え」

「業火……滅却……!」


 芽衣が慌てて振り返る。

 華蓮だ。

 わたしが暗闇を一度に必要以上に拡げて芽衣の視界を奪ったのは、このためである。

 華蓮がどんなに激しく動いても気付かれないように。

 闇の魔法の真骨頂はここにある。

 華蓮は、完全に芽衣の背後をとっていた。


「火祭りシリーズ……其の肆クライマックス」!


 華蓮の両手が、赤く光る。


「『キャンプファイヤー』!」


 炎の、球体。

 これまでには見たことのない火力……巨大な火の玉が、芽衣に向かって放たれた。


「う……あああああ!」


 しかし、芽衣も負けてはいなかった。

 完全に背後をとられていたはずなのに、一瞬で芽衣の両手を闇が包む。

 わたしの闇よりも、黒くて濃い。

 わたしでは到底出すことができないような、一切の隙間のない漆黒の闇。

 その闇はあっという間に芽衣の正面を固めこみ、華蓮の渾身の炎はあっさりと打ち消された。


「はぁ、はぁ……は、はは」


 芽衣の乾いた笑い声が響く。


「あはは。残念でしたね。背後からの不意打ちも不発に終わって……もう、万策尽きたでしょう」

「……ほんとむかつくね、その闇」

「あなたにそんなこと言われたくないのですよ。おとなしく……彼方まで吹き飛ばされてください」


 すっと片手を前に突き出す芽衣。


「さよならです、炎の人」

「……決着、みたいね」

「そうですね。あなたたちの負けです」

「ううん。全部、麻子の作戦どおりだ」


 華蓮が、右手を真上に掲げた。

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