第40話 メイルと麻子の出会いとは

「……あああ! イラつく!」


 時は少し遡る。

 五月――もちろん雪など降っておらず、麗らかな日差しが気持ちいいこの季節。

 そんな季節に、わたしは部屋に一人閉じこもり荒れていた。

 特に理由もなく部屋をぐるぐる歩き回り、たまに独り言を呟く。そんなことを繰り返している自分に、ますます嫌気がさしてくる。

 大学受験当日に事故に遭い、病院に入院していたわたしが退院してから数日が過ぎた。

 身体はもう良くなったものの、精神面が良くなっていない。

 受験さえしていればほぼ間違いなく合格できたはずなのに。今頃、東京で華のキャンパスライフを楽しんでいたはずなのに。

 それなのに現状は、ひとりで安アパートにじっとしている毎日である。


「はぁ……」


 深いため息をつきながら、ベッドにダイブする。

 枕に顔を埋めたまま、わたししかいない部屋に静寂が流れる。

 ひとりになりたくて自ら選んだひとり暮らしとはいえ、ずっとひとりきりでこんなところにいるとおかしくなりそうだ。

 高校に通っていたときのことを思い出すと、尚更である。

 あの頃は、いつも周りに誰かいて……わたしが何もしなくても、誰かがわたしの周りに集まってくる。それが当たり前の日々だった。

 でも、今は周りに誰もいない。

 仲の良かった友達は、みんな大学に進学し、この町に残っている子はひとりもいないのだ。

 だからわたしは、ひとり家に閉じこもりネットをうろつくだけの時間を過ごしている。


 そんなある日。

 わたしはいつものように時間を持て余し、動画配信サイトをうろついていた。

 高校生の頃はあんまり見たことがなかったが、こうして見ると面白い動画は多い。

 若者のテレビ離れも納得だ。

 そんな年より臭いことを思いながらいろんな配信を巡回していると、ふと気になる配信を見つけた。

 視聴者数……ゼロ。視聴者数がひとりもいない配信は、初めて見た。

 サムネイルも暗く、何が映っているのかよくわからない。

 わたしは興味本位で、その配信をクリックした。


「……で、ここをこうして……」


 女の子の声がぼそぼそと聞こえる。

 内容は、ゲームの実況配信だ。

 どこかで鬼畜難易度のゲームとして紹介されていたような気がする、アクションゲーム。

 しかし、画面での中ではプレイヤーキャラがさくさくと障害物を躱して進んでいく。

 どこが鬼畜難易度なんだろうと思わせるほどだ。

 わたしはゲームに詳しくないからよくわからないが……こんなに早く動けるものだろうか?

 このプレイヤー、相当な手練れと見える。


「……んで……次はこっちで……」


 それにしても……ゲーム実況と銘打っている割には、全く実況していない。

 ひとりごとを呟きながら、淡々とステージをクリアしていく。

 ……この子、実況している自覚あるのかな?

 ぼーっと眺めていると、ようやく見られていることに気付いたようだ。


「あ……あれ? もしかして今見てる人います?」


 ようやく視聴者数がゼロではなくなっていることに気が付いたようだ。

 本当に実況している気がなかったらしい。


「ちょ……ちょっと待ってくださいね。今ここ、すぐにクリアして見せますから」


 しかしその言葉とは裏腹に、さっきまでの勢いが急に衰え始めた。

 動きがもたついているように見える。

 見られていることを自覚して、緊張しているのだろうか。

 しかし、それなら何故ゲーム配信なんてやっているのだという話だが。


「……はい! クリアしました! タイムは……はあ!? 四秒オーバー!? なんでなのおおおおおお」


 急に奇声をあげて発狂し始めた。

 一瞬びくっとしてしまったが、今までとは全然違う口調に思わず笑ってしまう。

 わたしは笑いながら、そっとコメントを打った。


『ゲームうまいね』


 この配信では初めて投稿されたコメントである。


「あ、あ、ありがとうございます……ちょ、ちょっと待ってください、こんなはずでは。絶対最速タイム更新できるはずなので」


 そう言うと、再び画面の中でプレイヤーキャラが走り始めた。

 その後も何度かやり直していたが、見られているのを意識してしまっているのか度々ミスを重ね発狂していた。

 その様子が面白くて思わずにやにやしてしまい、コメントを打つ。


『草』

「草じゃねーのですよ! 練習ではうまくいってたんです! 嘘じゃないです!」


 何やらバンバン叩いているような音がするが、机でも叩いているのだろうか。

 必死すぎて逆に嘘っぽく聞こえるが、本当なのだろう。


『そんなに難しいの、これ?』

「クソゲーオブザイヤーで上位に入るほどには理不尽な難易度です……でもめちゃくちゃ練習したのでRTA世界記録更新できそうなんです!」

『世界記録w まじ?』

「まじですよ! 今回こそはいけあっ」


 言っているそばから隠しブロックに頭をぶつけて落下していった。


「ぬるぅああああああああああああ」


 ドォンと鈍い音と一緒に、画面に映っている可愛らしい絵の女の子らしからぬ叫び声をあげている。


『wwwwww』


 こういうタイプの人間と、わたしはこれまで関わったことがない。

 そんなタイプとやり取りするのが新鮮で、ついつい会話を続けてしまった。


「次! 次こそいけますから!」


 そう言いながら何度も何度も挑戦しているが、メイルが言っている「世界記録」のタイムを更新することはギリギリで出来なかった。

 それでも、こんな理不尽なトラップだらけのゲームを華麗な動きでクリアしていく様は魅せてくれる。

 わたしには到底真似できない動きだ。


「ぐ……もう一回……あ、もうこんな時間!?」


 ふと気付くと、その配信は既に三時間を超えていた。

 わたしが見始めてからはまだ三十分ほどだったから、二時間以上コメントもなく配信を続けていたことになる。

 そう思うと、この子の耐久力はどうなっているのだろう。


「すみません、今日の配信はここまでにするのです……今回はダメでしたが……つ、次こそは更新しますので……」

『お疲れ様、面白かったよ』


 コメントを投稿して、椅子に深くもたれかかる。

 わたしは久々に人と話をすることができて、楽しかった。

 お互いに知らない人同士ということで、今の状況に気負うことなく話ができて嬉しかった。

 そんなことを思いながらわたしがブラウザを閉じようとすると、最後にメイルがぼそっと言った一言が聞こえた。


「……見つけてくれて、ありがとう」


「……え?」


 小さくて聞き取りづらかったが、何と言ったのかはわかった。

 だからメイルの言った気恥ずかしくなりそうな言葉を聞いて、思わずクリックする手が止まった。

 何かコメントを投稿しようとしたが、メイルが配信を終了するほうが早かった。

 結局今回の配信で、コメントを残したのはわたしひとりだけだった。

 視聴者数は、数人増えたり減ったりしていたものの、ゲーム配信としてはかなり寂しい配信だろう。


「……ブイチューバー、かあ」


 それからわたしは、度々メイルの配信を見るようになった。

 こんな田舎町にひとりでずっといると、暇で暇で死にそうになる。

 今までは高校という組織に「所属」しており、それなりに楽しい毎日を送っていた。

 しかし、今は違う。

 今の立場は「無所属」である。

 だから、やることもなく気が狂ってしまいそうな日々を送るわたしにとっては、直接やり取りできる存在は貴重だった。

 それが、ブイチューバーというバーチャルな存在だったから、当時のわたしにはありがたかったのかもしれない。

 通常なら、浪人生だろ勉強しろというところだが、受験までまだ半年以上ある時間があり、受験さえすればおそらく合格できるであろうこの状態で、生真面目に勉強などするはずもない。

 だからわたしは、ぽっかりと空いた時間と心を埋めるように、メイルの配信にのめり込んでいった。

 それからしばらく経ち夏になり、学生が集まる夏休みの時期になると、メイルの配信にも少しずつ人が増えていった。

 大手の企業系ブイチューバーに比べると桁違いではあるが、視聴者数が百人を超えることも珍しくなくなってきた。

 数十人単位の人に見られながら実況するのは凄いことだな、と素直に感心した。

 いつの間にか、メイルの配信を見ることが日常になっていたことに気が付いたのは、この頃である。

 そしてそのとき、わたしは退院したばかりの頃心に抱いていたイライラがなくなっていることにも気が付いた。

 メイルの配信に、随分楽しませてもらっているのである。


「……このメイル……いや、メイルたんって……絶対年下だよなあ……」


 声と雰囲気からして、おそらくまだ学生だろう。

 そんな子が、ちょっとずつではあるが人気を集めて、人を楽しませている。

 その姿は、今のわたしから見るとなんだか格好よく見えた。

 ふと視線を落とし、ダボっとしているパジャマを着ている自分の姿を見る。

 半年前の自分からは想像もできない姿だが、今はこの方が落ち着く。


「……ま、一年ぐらい……頑張るか」


 わたしはその日、随分久しぶりに参考書を開いた。

 約半年間のブランク。そういえば受験生だったと、今更ながら自覚する。

 でも、本気でやればわたしなら取り返せる。

 事実、その認識は間違っておらず、秋の模擬試験ではすべての志望校の判定結果がA判定だった。

 わたしは、腐らずにすんだのだ。

 超絶陽キャだったあの頃に比べると、今のわたしは変わってしまったかもしれないが、それでもわたしはわたしである。

 やる気はない。ついでに言えば、体力もなくなった気がする。

 しかし、今のわたしは――最強だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る