第39話 黒瀬麻子は負けられない

 炎を巻き散らかしながら現れた華蓮は、救世主のようにも見えた。

 だが。

 めちゃくちゃかっこいい登場の仕方しているところ悪いんだけど、タイミングが最悪である。


「華蓮……あのさあ、なんで来ちゃったの」

「はあ!? どういう意味!? わざわざ心配してダッシュで来てあげたのに!」

「あ、そうなんだ……いや、それは嬉しいんだけどね」


 ばつの悪そうな顔をしているわたしを見て、華蓮はふんと鼻を鳴らして自信あり気に言った。


「いいからあんたは引っ込んでなさいよ。あの魔王は、わたしが倒すから」


 華蓮がわたしの真横に立ち、右手から炎の渦を出して禍々しい笑みを浮かべる。

 完全に悪役の表情だ。


「いや、華蓮……今の見てなかったの? あなたじゃ分が悪いんだって」

「うるさい。今はあれが魔王なんでしょ? なら、わたしが倒さないと」

「だから、芽衣は今闇と風、両方の力が使えるわけで……」

「わかってる。いいから黙ってて」

「いやいや、だから華蓮じゃ厳しいって話で……」

「うるさいうるさい。わたしなら勝てる」

「もーどっからその自信がくるの。いいからわたしと協力してだね……」


「うるっさああああああああああああああい!」


 芽衣が地響くような大声をあげる。


「なにふたりでいちゃいちゃいちゃいちゃしてるんですか! 吹き飛ばしますよ!」

「は、はあ!? なに言ってるのおまえ!?」


 華蓮が声を荒げる。うーん、頭が痛くなってきた。

 こいつら……好き勝手しやがって。

 わたしはふたりの保護者じゃないんだぞ。

 ふーっと息を吐いて、華蓮の肩を掴む。


「いいから落ち着いて。大丈夫。芽衣ちゃんだって話せば……」

「だってあの子が意味わからないことを……」

「意味がわかならいのは……そっちです。もう……終わりにしましょう」


 芽衣の声色が変わる。

 こちらを睨むような眼で見る芽衣の両手から、つむじ風のような、黒い渦が巻き起こっていた。


「『黒風鎌鼬……つむじ』……!」


 かなりの距離があるのに、目を閉じて顔を覆いたくなる。

 どうしてかわからないけど、直視することができない。

 ちょっと気を抜くと、風圧に負けてしまいそうになる。


「華蓮……気をつけて」


 そう言った瞬間、芽衣の手から無数の黒い渦巻がこちらに向かってきた。

 ――黒い。

 だから、風の軌道がはっきり目に見える。

 さっきまでの風魔法より、明らかに強い……そう感じた。

 それでも、わたしの闇なら魔法は防げる。

 そう思ってさっきまでと同じように、自分の正面に大きく暗闇を展開した。


 ――ひゅっ


 微かに音が聞こえた気がした。

 あれ、と思ったのも束の間。

 その黒い風は、わたしの闇を切り裂いた。


「え」


 思わず声が漏れた瞬間。わたしは右耳に微かな風を感じた。

 髪の毛が、ふわりと靡く。

 ドッドッと、心臓の鼓動が早く聞こえる。

 右頬に、汗が垂れるのを感じる。

 ……否。汗ではない。

 血だ。

 右頬に、ズキンと痛みが走る。

 黒い風の刃が、わたしの右頬を切り裂いた。

 ほんのわずかの侵入を許しただけで、この切れ味。

 まともに喰らっていたら……どうなっていた?

 急に足が震えて、動けなくなる。

 わたしは、自分の闇魔法がある限り大丈夫だと高を括っていた。

 相手が芽衣だから……だから、大丈夫だと思っていた。

 でも、認識が甘かった。今のは、本当に危なかった。

 それに、ショックだった。それは、芽衣が攻撃してきたことじゃない。

 わたしの闇が、芽衣の闇に押し負けたことだ。

 闇に勝てるのは、光を除けば唯一、闇だけ。

 だから、今の芽衣に勝てるのはわたししかいない。そう思っていたのに。

 芽衣の闇に……魔王の闇にわたしの闇が勝てないのなら、話にならない。


「ちょっと……話が違うよ、モア」


 わたしは、自嘲気味に独り言のように呟いて、芽衣を見た。

 漆黒の闇を周りに纏い、風に靡くその姿は……恐ろしかった。

 魔王――

 今の芽衣は、まさに魔王そのものだった。


「……化け物め」


 少し後ろで、華蓮が吐き捨てるように言う。

 華蓮に怪我は無さそうだったが、常に炎を纏って風をガードしているせいだろうか、もう息が上がっている。

 わたしは、自分が闇属性の魔法少女としてここに駆り出されたのは……わたしが唯一魔王に勝てる存在だから。そんな風に、奢っていた。

 でも、そうでないのなら。魔王に魔力で勝てないのなら。

 わたしは、別の方法を考えなければならない。


「はぁ……はぁ……もう……いいでしょう、麻子さん」


 息を荒くしながら、芽衣が言う。

 芽衣も、今の魔法で相当の魔力を使っているのだ。


「麻子さんはわたしには勝てません。だから……降参してください」


 少しふらつく芽衣を見て、ぎゅっと下唇を噛む。


「……芽衣ちゃん……」


 わたしは覚悟を決めると、後ろにいる華蓮に指で合図した。


「華蓮……ちょっと」

「あ……? なに?」

「芽衣の魔法はわたしたちよりも強い……それはもうわかったでしょ」

「っ……それが何よ」

「だから……接近戦で勝つよ」

「接近戦……? ああ……物理攻撃はあの黒いのでは防げないってこと。あの生意気な顔面に、グーパンぶちこんでやるってことね」

「いや、そこまでは言ってない。さすがに女子中学生の顔面をグーパンは絵面的にやばすぎる」


 少し笑って、続ける。


「いい? わたしが近付いたら……」

「この期に及んで……まだ何かするつもりですか」


 ぼそぼそと喋っているわたしたちを見て、芽衣が苛立ったような声をあげる。

 その右手には、またつむじ風が纏っている。


「それじゃ……頼んだよ華蓮」

「ちょ、待って麻子!」


 わたしは、一目散に芽衣に向かって駆け出した。

 芽衣。メイルたん。あなたはわかってないかもね。

 わたしが……どれだけメイルに救われたか。

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