第38話 VS芽衣
「……だああ! なんなの今の!」
「落ち着くぽん華蓮。とにかく、早く麻子のもとに戻るぽん」
華蓮は芽衣の暴風に吹き飛ばされた後、モアによって地面にぶつかる前に助けられていた。
掌から炎を放出して、エンジンのように器用に使いながら猛スピードで『神樹』のもとへと走っていく。
「今のってどういうこと? なんであの風使いが魔獣の魔力を匂わせてるのよ」
「わからないぽんが……芽衣からは魔王の魔力を感じたぽん」
「魔王の……それって、魔王が復活して身体を乗っ取られたってこと?」
「いや……そうじゃなくて、あれは芽衣が魔王を取り込んでいるように見えたぽん」
「取り込んだ……? なんであの子にそんなことができるの」
「考えられことはひとつだぽん。芽衣は魔獣を逃がしていただけじゃなくて、魔獣と協力体制にあったってことだぽん」
「はあ?」
「魔王を復活させるにはまだまだエネルギーが足りないはず……でも、魔王としての魔力だけを呼び起こして、魔力をもつ宿主が別にいるということなら話は違う。たぶん芽衣は魔獣を倒さない見返りとして、自分自身が魔王になれるように魔獣と交渉していたんだと思うぽん」
「なにそれ……気に入らないんだけど」
「魔獣を脅して従わせていた……というほうが正確かもしれないぽんね。信じられない話ぽんが、そうとしか考えられない。それなら芽衣が簡単にこっちの世界に来れるのも、当たり前の話だぽん」
「あんの風使い……わたしより随分腹黒いこと考えてるじゃないの。やってくれる」
「とにかく止めるぽんよ。もし芽衣が魔王の力を得たのだとしたら……それはもう魔王の脅威と変わらない」
「わかってる。あんな子に……負けるものですか」
華蓮は火力を上げると、更にスピードをあげた。
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「『黒風鎌鼬……
物騒な名前の技を唱えた芽衣の両手から、無数の黒い風の刃がわたしに向かって襲ってくる。
「『暗幕』!」
わたしはひたすら芽衣の風魔法を、自分の闇で打ち消していた。
薄暗い霧のような風の刃が次々と吹きつけるが、わたしの前に拡がる闇のカーテンはそれらを全て無効化することができている。
「んー……本当に厄介ですね、その闇」
「これでわかったでしょ、無駄だって。芽衣ちゃんはわたしには勝てないんだよ」
わたしは肩で息をしながら言う。
「わたしの闇の前では魔法攻撃は無意味だから。無駄に魔力を消費して動けなくなっちゃう前に、降参することね」
「わかってますよ。だからこうやって、麻子さんが動けなくなるまで攻撃し続けているんじゃないですか」
「……う」
ドSか全く。でも、芽衣の作戦は正しい。
持久戦は不利だ。わたしも無限に闇魔法が使えるわけではない。
このまま単純に魔法がぶつかりあったら、先に力尽きるのは多分わたしのほうだ。
このままでは、負けてしまうのはわたしだろう。
「麻子さんもわかっているでしょう? 勝ち目がないのは、自分のほうだって」
そう言いながら両手に邪悪な闇をまとっている芽衣は、貫禄さえ感じた。
「今ならまだ許してあげますよ。考えを改める気になりましたか?」
「考えを改める? ……それはこっちのセリフだよ、芽衣ちゃん」
わたしは右手に纏った闇を引っ込めて、すっと前に出した。
「芽衣ちゃんはもうひとりじゃないんだから。ほら、意地張ってないでわたしと一緒に帰ろう?」
「……っ」
わたしが急に無防備に伸ばした手を見て、芽衣が一瞬たじろぐ。
……うん。意外と、平和的解決が望めるかもしれない。
芽衣もわかっているのだ。自分がしようとしていることが、間違っていると。
おまけに、突如現れたイレギュラーな存在……芽衣に近付こうとするわたしの登場に、芽衣もどうすればいいのかわからなくなっている。
でも、今更引き返すこともできない。
だって、芽衣はわたしと会うよりもずっと前から魔獣を逃がしていただろうから。
芽衣はもう、世界を終わらせることで楽になろうとしている。逃げ出そうとしている。
でも、そんなことわたしが許すわけがない。
だって、わたしにとってのメイルたんは……
「でも……でも麻子さんは、わたしよりもメイルのほうが好きですよね?」
ハッとする。いけない、考え事をしていた。
無意味な問いかけである。
そんなの、比較対象になっていない。
だから、芽衣の唐突な質問に、わたしはどう答えるべきか理解していた。
だから、即答すればよかったのだ。
が、しかし。
「そ、そんなことない……よ?」
思わず曖昧な返答になってしまった。
「あああああああああああ!!!!! ほらああああああああ!!! やっぱりやっぱりやっぱり! やっぱり麻子さんだって、メイルしか見てないじゃないですか!」
突然大声をあげて、芽衣の周りを突風が包む。
髪どころかスカートも靡き放題で、何もかも丸見えである。
しかし、のんびりその光景を楽しんでいる場合ではない。
「いやいやいや違うって! メイルたんも芽衣ちゃんも大好きって意味で!」
「うるさいうるさいうるさいのです! メイルはメイルであってわたしじゃない! やっぱり信用できないのです! そんなこと言って、麻子さんは浮気するし!」
「う、浮気!?」
突然の単語に思わずつっこむ。
全く身に覚えのない話である。
「麻子さん、あの炎の人とあんなに楽しそうにデートしてたじゃないですか! 浮気浮気浮気です!」
「え、えええええ!?」
か、華蓮と?
何のことを言っているのかさっぱりわからないが、思い当たることがあるとすれば喫茶店で一緒にご飯を食べたことぐらいである。
いやでも、あれも偶然出会っただけで、デートだなんて認識はない。
そもそも華蓮に対してそんな感情は持ち合わせていない。
「わたし見てたんですからね! ずっとずっとずっと!」
「み、見てたって……」
そこまで言いかけてようやく気付く。
そういえば、華蓮と一緒に喫茶店を出て魔獣のところに向かうときに、視線のようなものを感じたような……あれって魔獣の気配でもなんでもなくて、芽衣の視線だったんだ。
とんでもない思い込みである。
「わたしあの人好きになれそうもないです。怖いし!」
「は、はは……わたしとしてはできれば仲良くしてもらいたいところだけど……」
思わず乾いた笑いがこぼれる。
いやいや、芽衣ちゃんわたしのこと好きすぎか?
「だ、大丈夫だって。華蓮だって悪い子じゃないんだから……」
『送り火ぃ! 大文字!』
わたしの言葉を遮るように、私の後ろから業火が芽衣に向かって放たれた。
一瞬の出来事にわたしは動けなかった。
しかし、芽衣の反応は早かった。
芽衣は迫ってくる炎に向けて闇を拡げると、あっという間に炎を打ち消した。
「……生きてましたか、炎の人」
「憎らしい闇。やっぱあんたもできるんだ、それ」
ゴッッと低い音を立てて炎を巻き散らかしながら華蓮が後ろから現れた。
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