第35話 麻子は芽衣を追いかける

「ちょ、ちょっと待つぽん麻子!」


 モアと華蓮も、走り出したわたしのあとを付いてきていた。


「どうしたんだぽん、急に走り始めて」

「何で気付かなかったの、モア」

「え?」

「芽衣ちゃんは……華蓮と同じことをしているのかもしれない」

「……?」

「芽衣ちゃんも……魔獣を倒していないんだよ。逃がしてるんだ」


 そこまで言って、ようやくモアも気付いたようだ。


「に、逃がしてるって……芽衣が? なんで?」

「わからないけど……華蓮と同じ理由じゃないかな」


 もしそうだとしたら……芽衣はひとりで魔王に戦いを挑むつもりだ。

 風の魔法を完全に無力化してくるであろう、闇の魔王に。

 そんなの無茶だ。きっと勝てない。

 わたしは芽衣の家につくと、扉をたたいた。


「芽衣ちゃん! いないの!?」

「ちょ……落ち着くぽん麻子。ぼくが中の様子を見てくるぽん」


 モアはそのまま扉をすり抜け、中に入っていった。


「麻子……あの風使いもわたしと同じことをしているって、どういうこと」


 華蓮が後ろから小さな声で言った。


「わたしと芽衣ちゃんが初めて会ったとき……芽衣ちゃんはわたしの前で風魔法を使って魔獣を倒して見せたの。そのときは何とも思わなかったけど」


 わたしは華蓮の方を向いて言った。


「あのとき魔獣は、さっき華蓮が逃がしたときと同じように闇に消えていたんだ」

「それって……倒してないじゃん」

「知らなかったんだよ。魔獣があんな風に消えて逃げるなんて」

「そんな……もしあの子が、わたしと同じことを考えているなら……先を越されちゃう」

「ん……芽衣ちゃんに魔王が倒せるなら、の話だけどね」


 でも……芽衣が華蓮と同じように、自分の願いを叶えるために魔獣を逃がしていたとしたら……一体何を願うつもりなのだろう。


『――モアに叶えてもらいたい願い事は、ないですね』


 前にそんな話をしたとき……芽衣は確かにそう言っていた。

 あれは、嘘だったのだろうか。

 確かにあのときの芽衣は、どこか様子がおかしかった。

 芽衣が姿を消したのも、あのときからだった。

 やっぱり、妙な胸騒ぎがする。

 芽衣は……無事なのだろうか。

 そうこう言っているうちに、モアが戻ってきた。


「いないぽん……家中真っ暗。人っ子一人いないぽん」

「家にもいないなんて……モア、芽衣ちゃんの居場所をつきとめることはできないの?」

「できるはずなんだぽん。ぼくは魔法少女の居場所は魔力で掴むことができるから……でも……」

「でも?」

「どこにもいないんだぽん。この世界の、どこにも」

「え……それって……」


 まさか……死んでるってこと? 

 いや、魔獣にいくら攻撃されたからって、まさか死ぬなんてことは……

 わたしが青い顔をしていると、モアは慌てたように口を開いた。


「いや、そういうことじゃなくて。たぶん、芽衣はあっちにいるんだぽん」

「あ、あっち……?」

「ぼくらの世界……封印されている魔王がいる、『アストラルホール』に」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ようこそ。僕らの世界、『アストラルホール』へ」


 わたしと華蓮は、モアに連れられてモアの世界……アストラルホールと呼ばれる異世界に来ていた。

 モアが何もない空間に手をかざすと、あっという間に空間が歪み、世界を跨ぐ穴ができたのだ。

 こんな簡単に異世界を行き来できるのなら、モアが軽率にわたしたちの世界にやって来るのも頷ける。


「普通は人間をこっちに連れてくるなんてあり得ない話なんだけど……こんな事態じゃ、そうも言ってられないぽんね」

「ここがモアの世界……なんかファンタジーの世界って感じ」


 目の前に広がっているのは、ゲームの世界のような風景だった。

 近いのは、中世ヨーロッパだろうか。

 赤煉瓦の綺麗な建物が幹を連ねている街並み。

 澄んだ湖に架かる、大きくて立派な橋。

 遠くには、何か神聖な生き物でも棲みついていそうな巨木も見える。


「ひ……なにあれなにあれ」


 華蓮がわたしの後ろに隠れて指さす。

 指さした先には、ゴーレムやドワーフのような、神話にでも出てきそうな不思議な生き物たちが楽しそうに話していた。


「隠れなくてもいいでしょ華蓮。みんなわたしたちのことなんてあんまり気にしていないみたいだよ?」

「だってだって、こういうのって違う世界から来たわたしたちが悪者扱いされるのがお約束なんじゃ……」

「そんなに怯える必要ないぽん、華蓮」


 モアがふわりとわたしの頭に乗る。


「ぼくらアストラルホールの住民は、人間世界のこともよくわかっている。ぼくらからして見ればきみたちはちょっと珍しい生物ぐらいの認識で、それだけでいきなり襲ったりするようなことはないぽん」

「そ、そうなんだ……それならいいけど」


 華蓮がそっとわたしの服を掴んでいた手を離す。

 普段からそれぐらいしおらしくしていればもっとかわいいと思うぞ華蓮。今からでもその感じでいけ。


「でも、本当に芽衣ちゃんはここに? そもそも、どうやってここに来たんだろう」

「うーん……芽衣も自力では来れないはずだぽんが……魔獣が逃げるときにもこちらの世界への扉を開くから、そこに居合わせることができればこっちに来ることも不可能ではないはずだぽん」

「ふむ、なるほどね……」

「ここにいるなら、早くあの子を見つけようよ。もし魔王が復活したらどうするの」

「落ち着いて華蓮。少なくとも今は大丈夫みたいだよ? 見なよ、この平和な風景を」


 どう見ても、魔王が復活しているようには見えない。

 この世界にすんでいる生き物はみんな楽しそうにしているし、穏やかな時間が流れていた。


「さすがに魔王が復活していたら、こんなにのんびりしてられないでしょ」


 わたしはぐるりと周りを見渡して言った。


「何もなければゆっくり観光でもしたい世界だよ。華蓮もそう思うでしょ?」

「そりゃ……そうだけど」

「ね。だから大丈夫だよ華蓮。モア……魔王が封印されている場所っていうのは、どこなの?」

「魔王『キューリッヒ・ジュナスロー』が封印されているのは……『神樹』と呼ばれている大樹の根本だぽん」


 モアは、ここからでも見える巨木の方を見て言った。


「一緒に行くぽん、麻子、華蓮。どうやら芽衣も……そこにいるみたいだぽん」

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